次期国王は初恋妻に溺れ死ぬなら本望である
「まさか本人が来るなんて、思ってなかったわよ」
「あいにく俺の宮は人手不足なんでね」

いつも通りの憎まれ口をたたくディルにプリシラは内心ほっとしていた。
(どんな顔して会えばいいのって思ってたけど、いらない心配だったわ)

「ほら、来いよ」
ディルはまるで当然のように、プリシラを受け止めるために腕を広げた。
窓から外へ出るなんて、淑女失格だ。だけど‥‥プリシラはためらうことなく窓の外へその身を投げ出した。ディルのたくましい胸がしっかりとプリシラを受け止めてくれる。
「‥‥重くなったな」
プリシラを抱きかかえたままディルがつぶやく。
「子どものころと比べないでよっ」
プリシラはディルの腕をほどきながら、ぷぅと頬を膨らませる。
「そんなに昔じゃないだろ」
ディルはそう言ったが、プリシラには遠い昔のことのように感じられた。子どものころは、よくこうしてディルにそそのかされるままにあちこち冒険したものだ。あのころは、どうしようもないお転婆娘だとローザに叱られてばかりだった。

プリシラは改めてディルを見つめる。彼の青灰色の瞳は、背景に広がる夕闇の空と、ちょうど同じ色合いをしていた。
ブルーのシャツに黒のベスト。一応ディナーを意識した衣服に身を包んではいるようだ。

「王太子ご就任、おめでとうございます‥‥って言うつもりだったのに、タイミングを逃しちゃったわ」
「俺も。今日は一段とお美しいですね‥‥って言うつもりだったけど、タイミングを逃したな」
「嘘ばっかり!」
二人は顔を見合わせて、少し笑った。

「堅苦しい挨拶やお世辞はいらない。普通にしてろ。いい子ちゃんのお前は好みじゃないんだ。ーー行こう」
差し出されたディルの手をとって、プリシラは歩き出す。






















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