次期国王は初恋妻に溺れ死ぬなら本望である
「あなたがすんなりと王太子就任を受け入れるとは思わなかったわ」
「穀潰しの分際で、自由に生きたいだなんて格好つけるつもりはないよ。‥‥国民には望まれていないだろうが、他国への牽制にはなるだろ」
ディルは淡々とそう答えた。穀潰しだの、放蕩王子だの、散々な言われ方をしているが、ディルは周囲が思うほど馬鹿ではない。王家に生まれた責務と自分の役割はしっかりと認識している。
「王宮での暮らしには慣れたか? 実家のほうがよっぽど贅沢なんじゃないか」
「ふふっ。たしかにそうかも。実家ではお腹を空かせる暇がないほどにお菓子がでてきてたもの」
かつては絶対的な権勢を誇っていたミレイア王家だったが、その力は時代が下るとともに失われつつあった。いまや、プリシラの実家のロベルト公爵家やフレッドの母方の実家、ザワン公爵家のほうが王宮よりよほど裕福な暮らしをしている。思えば、プリシラは幼いころから王子であるフレッドやディルとまるで友だちのように接してきた。深く考えてみたことはなかったが、これも王家の威厳が薄れてきていることの表れだったのかもしれない。

プリシラとディルは他愛ない世間話を続けた。夏の訪れを感じされる、爽やかな風が吹き抜ける。国王の病、フレッドの失踪、王宮を覆う暗いムードとは裏腹な気持ちのいい夕暮れだった。

(ディルとこんなふうに散歩しているなんて、なんだか昔に戻ったみたい。もし‥‥もし、婚約者が最初からディルだったら‥‥)







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