次期国王は初恋妻に溺れ死ぬなら本望である
ディルの宮に入り、ディナーの席に着くころには、プリシラの顔つきはすっかり変わっていた。いま、ディルの目の前にいるのは、幼馴染みのプリシラではなく、この国で一、二を争う名門ロベルト公爵家のご令嬢だった。

「ディル王太子殿下。あらためまして、この度は本当におめでとうございます。私も妃として、すこしでも殿下のお役に立てるよう努力して参りたいと思っています」
プリシラはあでやかな笑みとともに、そんな型通りの祝福の言葉を贈ってよこした。美しい所作、完璧な食事マナー、高い教養をうかがわせる会話。一分の隙もない完璧な王太子妃の姿に、給仕の者た
ちからは感嘆のため息が漏れた。

ディナーは和やかに進んでいるかに見えたが、ディルは終始、居心地の悪さを感じていた。
(人形と食事して、美味いわけあるかよ‥)
昔のプリシラは、思っていることがすべて顔に出てしまうような、天真爛漫な少女だった。それが、いつのまにか、感情を押しころして、仮面をかぶるようになってしまった。
次期王妃としての立場を考えれば、仕方のないことかもしれない。
だが、自分の前ではさせたくない。ずっとそう思ってきたし、実際に、プリシラはディルの前では昔のままの彼女だった。その事実は、ディルの渇いた心をほんの少し満たしてくれていた。
だが‥‥これからはディル自身もプリシラを縛る枷になってしまうのだ。プリシラはフレッドの帰りを待ちたかったはずだ。彼女がその気持ちを口にすることすら許さず、望まない結婚を強いる。

ディルは細く息を吐いた。







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