次期国王は初恋妻に溺れ死ぬなら本望である
妻として、なにかディルの役に立ちたい。だが、プリシラのその純粋な思いはディルには受け入れてもらえなかった。

「ーー余計なことするな」
突き刺すような冷たい眼差しに、プリシラはびくりと体を強張らせた。
彼のこんな顔を見たことはあっただろうか。怯えるプリシラに気がついただろうに、ディルはなおも言葉を続けた。

「言ったろ?この結婚は形だけだ。お前になにかして欲しいなんて、望んでいない」
これ以上の議論は不要だと言うような、強い口調だった。プリシラはうつむき、唇を噛み締めた。こぼれ落ちそうになる涙を必死にこらえた。

「わかった。もう、いいわ。結局、お父様もフレッドも‥‥ディルもみんな一緒ね。私自身を見てはくれない。必要とされるのは公爵家の娘であって、私じゃない!」
「プリシラッ。待てーー」
止めようとするディルの手を振りほどいて、プリシラはその場から走り去った。


「ーーはぁ」
夢中で走っていたら、いつのまにか中庭を抜けて王宮のはずれの薬草園に着いてしまった。目的地とは真逆の方向だが、人気もなく、涙をふくにはちょうどいい場所だ。
「馬鹿みたい‥‥」
はぁーと大きく息をつくと、薬草のもつ独特の香りが胸に広がる。それは、ほんの少しだけプリシラの気持ちをなだめてくれた。
(私は公爵家の娘。そのことに誇りを持って生きてきたはずよ。なのに、どうしてあんなこと言ってしまったのかしら)












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