次期国王は初恋妻に溺れ死ぬなら本望である
自分が暗殺犯だと疑われることも、それがプリシラの耳に入ることにも、ディルはまったく頓着しなかった。元々悪かった評判が地に落ちたところで、なにも変わりはしない。ロベルト公爵の力を借りなくとも、王太子の名をもって噂をしずめることもできないわけではない。どちらかといえば、あえて放置していたのだ。それは、ある別の噂をプリシラの耳に入れたくないからだった。自分の噂に気をとられて、気づかないでいてくれるのならありがたいくらいだ。
プリシラは馬鹿ではない。噂を知れば、勘づいてしまうだろう。その噂がディル犯人説と同じか、それ以上に理屈が通っていることに。

ーーフレッド殿下がいなくなって得する人間。大きな声じゃ言えないが、もう一人いるよなぁ。

ーーディル殿下なら娘婿として、さぞかし扱いやすいだろう。フレッド殿下と違ってザワン家に気を遣う必要もないしな。

ーー王子とはいえ協力者もいないディル殿下とどちらが首謀者かなんて、考えるまでもないな。

「まったく。プリシラ様のこととなると、驚くほど健気なんですから。とはいえ、いいんですか?あんな喧嘩別れみたいなことして。明後日にはスワナ公国へ向けて出立でしょう。しばらくは夫婦水いらずですよ」

スワナ公国はミレイア王国の西に位置する小国で、宝石の産地として有名だ。
そこに国王の一番下の妹君、ディルにとっては叔母にあたる女性が妃として嫁いでいた。叔母といってもマリー妃はまだ三十四歳。数日前に五人目の子ども、待望の世継ぎの男子を出産した。
ディルとプリシラは国王の代理として、祝いの品を持ってスワナ公国を訪れる予定になっていた。

「そうだったな。でもまぁ‥‥考えてみれば、昔から俺たちはこんなものだったしな。仲睦まじかったことなんて、ないだろ」
「たしかに。喧嘩してるか、殿下が素行
不良を諌められてるかのどちらかでしたね」
ディルが昔を思い出して言えば、ターナもあっさりと同意した。



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