次期国王は初恋妻に溺れ死ぬなら本望である
とはいえ、プリシラも本気で眠るつもりはなかった。酔いがおさまるまでの少しの間、肩を貸してもらおうと思っていただけだ。
けれど、ディルの温もりはおもいのほか心地よくて、さきほどまで頭をぐるぐると回っていた疑念もすっと消えていって、そのまま穏やかで深い眠りに落ちていった。

「この前は悪かったな。言葉の選び方を間違えた。‥‥俺はロベルト公爵家の娘になんか興味はない。プリシラ、お前が‥‥」
薄れゆく意識のなかでディルのそんな言葉を聞いたような気がした。いや、きっと自分に都合のよい夢を見たのだろう。ディルは、ディルだけは、プリシラ自身を見てくれている。そう信じていたいのかもしれない。


「んっ‥‥」
頬になにかが優しく触れる感覚で、プリシラは意識を取り戻した。
「悪い。起こしたか? 髪が邪魔そうだったから、はらおうとしただけなんだが」
どうやら乱れてしまった長い髪をディルが整えてようとしてくれたらしい。
寝ぼけてぼんやりしていたせいだろうか。頬に触れているディルの温かな手を思わずきゅっとつかんでしまった。まるで、『離さないで』というかのように。

すぐに払いのけられるだろうと思ったのに、ディルは驚くべき行動に出た。触れ合っていただけの指先をしっかりと絡め、ぎゅっと握り返してきたのだ。
指先だけで繋いだ手。結婚式ではエスコートのためにもっとしっかり手を繋いだし、一応は誓いのキスだってした。自分たちは仮にも夫婦なのだから、こんなささやかな触れ合いで動揺するのはおかしい。
必死にそう言い聞かせようとするものの、繋いだ指先からどんどん熱が伝わってくる。熱くて熱くて、いまにも爆発してしまいそうだ。

(だめっ。もう限界)



< 59 / 143 >

この作品をシェア

pagetop