次期国王は初恋妻に溺れ死ぬなら本望である
大事な日に体調を崩すなんて、たしかにフレッドらしくはないが‥‥彼だって人間だ。そんな時もあるだろう。パーティーを中止するのではなく少し遅れて参加すると言っているのだから、そう重篤な症状でもないはずだ。
(周りの視線など気にせず、私はフレッドを待っていればいいのだわ)
プリシラが動揺している様子を見せてしまったら、この場に集まったスキャンダル好きの貴族達が嬉々としてあらぬ邪推をし始めるであろうことは想像に難くない。
「にしても、せっかく着飾ってきたのに壁に張り付いたままじゃ勿体ないだろ。
俺がフレッドの代わりにエスコートしてやろうか?」
そう言うと、ディルはすっとプリシラに手を差し出した。口は悪いが、身のこなしはこの上なくスマートだ。この手を払いのけられる女はそういないだろう。
けれど、プリシラはそれをしなくてはならない。
「結構よ。そんなことできるわけないって、ディルだってわかっているでしょ。
ほら、あそこで貴婦人達があなたを待ってるわよ」
プリシラは早口で言うと、追い立てるようにディルの背中を押した。視線を合わせないようにしていたので、彼がどんな表情をしていたのかはわからない。横顔にディルの視線を感じたが、気がつかないふりを決め込んだ。
(数年前までは、私が取るのはあの手だけだと思っていたのにな‥‥)
考えても仕方のないことがついつい頭をよぎる。
(お願い、フレッド。早くここへ来て)
プリシラは祈るような気持ちでフレッドを待ち続けたが、彼は一向に姿を現さない。

パーティー開始から三十分は経過しただろうか。主役不在のままこれ以上続けるのは無理があるのでは‥‥誰もがそう感じ始めていた頃、父であるロベルト公爵が血相を変えてプリシラの元へ駆けてきた。
「お父様! どうなさったの、そんなに慌ててて‥‥」
「プリシラ。一度、ここを出よう。‥‥落ち着いて聞いてくれよ」
父に促されるまま、プリシラはそっと青獅子の間を出た。
(花婿がこないはがりか、花嫁まで退出してしまうなんて‥‥いいのかしら)
そう父に問いたかったが、彼は深刻そうな顔でむっつりと押し黙っていて、とても口を開ける雰囲気ではない。なにか大変なことが起きたのだ。それだけはプリシラにもはっきりとわかった。
(フレッドの具合が良くないのかしら?もしかして、流行病かなにかに‥‥)
王太子宮の客間に通され沈んだ顔をしたフレッドの側近達と対面したとき、プリシラは自分の悪い想像はあたってしまったのだと確信した。フレッドは重病に苦しんでいるのだと。しかし、側近の口から告げられた真相はプリシラが予想もしていなかったことであった。
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