次期国王は初恋妻に溺れ死ぬなら本望である
そこまでわかっていて、それでもディルは動けなかった。
タイミングだの、勢いだの、雰囲気だの、そんないい加減なもので押し切ってしまうのは嫌だった。ほんの少しでも、プリシラが後悔するようなことはしたくない。
第一、フレッドが戻ってきたら、フレッドに返すつもりだったのだ。だから決して手を出してはならない。そう自分を戒めていた。
プリシラはきっと気がついてもいないだろう。
『たとえフレッドが戻ってきても、ディルと添い遂げる』
この言葉が、どれだけディルを喜ばせたか。
『死なないで』と、プリシラが涙をこぼしてくれたこと。それだけで、これから先、自分が生きていく十分な理由になること。

「あーぁ」
ディルは右腕を折り曲げ、顔をおおった。
(俺は案外、石橋を叩き過ぎて壊すタイプかもしれないな。でもまぁ‥‥いまのところはこれで十分か)
プリシラが自分を意識して眠れないというのも、少し前に比べれば大きな進歩だ。それに、同じ部屋で過ごせるだけでもディルにとっては幸せなことだ。
ディルは思わず、ふっと顔をほころばせた。そして、プリシラを呼んだ。
「さっきのは冗談だ。嫌がる女をどうこうする趣味はないよ。心配せずに、ちゃんと真ん中で寝てくれ」
プリシラは布団からちょこんと顔だけ出して、じっとディルを見つめる。
「本当?」
「誓うよ」
ディルは両手をあげて降参のポーズを取った。プリシラがおずおずと近づいてきて、ディルの隣に横になった。肩が触れるか触れないかの距離だったが、ディルは満足だった。人の温もりは心地よいものだが、それが好きな女となれば格別だ。
「あのね、ディル」
プリシラが顔だけこちらに向けた。ディルも同じように首を回して、プリシラに向き合った。
「ん?」
「い、嫌ってわけじゃないのよ」
真っ赤に染まった顔でプリシラが言う。
ディルは耳を疑った。プリシラはどうしてこうも、無自覚に凶暴なのだろうか。
きっちりと自分を律してくれていた理性が遠のきそうになるのを、ディルはあわててつかまえた。
「だから、お前は、そういうことを軽々しく言うなって何回言えば理解するんだ!」
「だって本当に嫌って気持ちとは違うんだもの」
「‥‥やっぱり、さっきの場所に戻ってくれ。色々、無理だから」

結局、ふたり揃って一睡もできないままに朝を迎えることになってしまった。
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