次期国王は初恋妻に溺れ死ぬなら本望である
リズはあわてて頭を下げ、ディルのために道を開けた。が、その道を通ったのはプリシラだった。ディルの目の前で止まると、ぷくっと頬を膨らませた。
「私の手料理は‥‥ってどういう意味かしら?」
「いまはやらなきゃいけない仕事が山積みなんだ。お前の独創的すぎる料理で腹でも壊したら、大変だからな」
「なっ、失礼ねぇ。スープくらい作れるわよ」
プリシラは自信満々だったが、才色兼備で名高いロベルト公爵令嬢の唯一の欠点が料理であることは、一部では有名だった。もちろん、付き合いの長いディルは何度も被害にあっている。
「どうせ果実ジャム入りの野菜スープとかだろ?決して味音痴ではないのに、自分で作るとダメってのはなんなんだろうな」
嫌味ではなく心底不思議だという顔で、ディルは首をかしげた。
「せっかく作るならオリジナルなものをと考えているだけなのに。それに私は美味しいって思ってるし」
「‥‥まぁ、たしかに個性的ではあるな。いつだったかの胡椒味のケーキは忘れたくても忘れられないよ」
「うぅ……」
悔しそうに口ごもってしまったプリシラの頭を、ディルはポンポンと軽く叩いた。
「それに、今夜は一緒に夕食を取ろうと思ってきたんだ。だから夜食のスープは必要ない」
「えっ。本当?」
プリシラの表情がぱっと明るくなる。ついさっきまで拗ねていたのが嘘のようだ。

「それなら、今夜のディナーはこの黒蝶の間に用意してもらうよう料理長に話してきましょうか?せっかくですもの。ふたりきりでゆっくりなさってくださいな」
リズがポンと手を打って、そう提案した。給仕の人間がずっとそばから離れない食堂では落ち着いて話もできない。リズの提案はプリシラにとってはうれしいものだった。

「あ。申し訳ございません。王太子殿下の御前だというのに、出過ぎた真似を‥‥」
「いや。よく気のつく侍女がいてくれて、安心だ。プリシラはしっかりしているように見えて、時々アレだから。これからもよろしく頼む」
恐縮して小さくなってしまったリズにディルは優しく声をかける。
「あ‥‥えっと‥‥」
リズはなにかをためらうようにうつむき、言葉を止めた。
「どうかしたの?リズ」
いつもハキハキと話すリズらしくない。王太子の前で緊張しているのだろうか。プリシラが心配そうに顔をのぞきこむと、リズはあわてて笑顔をつくった。が、なんだか無理をしているように見えた。




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