次期国王は初恋妻に溺れ死ぬなら本望である
「なんでもないんです。料理長のところに行ってきます」
パタパタと駆け出していったリズの後ろ姿を見つめながら、プリシラは心配そうに言った。
「具合でも悪いのかしら‥‥」
「彼女はロベルト公爵家から?」
ディルに問われ、プリシラは首を振った。
「いいえ。王家に輿入れするのに実家の人間を連れていくのは非礼だと聞いていたから。リズは元々王宮勤めで‥‥そうそう、ルワンナ王妃の宮にいたと言ってたわ」
「そうか」
「彼女がなにか?」
「いや。気の合う侍女のようで、よかったな」
ディルは他にもなにか言いたいことがあるように見えたが、厨房の者たちが入ってきてディナーの準備がはじまったため、会話はそこで終わりになってしまった。

「それでは、私どもは失礼させていただきますが料理になにかあれば、すぐにお声がけくださいませ」
「私は隣のお部屋に控えていますね」
料理長とリズがそう言って部屋を出ていくと、プリシラとディルに久しぶりの二人きりの時間がおとずれた。
「とりあえず、食べましょうか。ディルは少し疲れてるみたいだから、しっかり栄養を取ってね」
「そうだな」
厨房の者たちが腕によりをかけてこしらえる料理はいつも絶品だが、一緒に食事する相手がいるだけで、いつもより何倍も美味しく感じる。
「美味しい!このところ、ひとりで食べることばかりで、なんだか少し味気ない気がしていたから。やっぱり食事は誰かと一緒が一番よね」
実家ではローザやアナが一緒に食卓を囲むこともあったが、さすがに王太子宮は規律が厳しく、リズや侍女たちがプリシラの隣に座ることは難しいのだった。
「退屈させてしまって悪い。ちょっと仕事がたてこんでてな」
「あぁ、ごめんなさい。ディルを責めるつもりはないの。ただ今日は本当に楽しいの。だから、ありがとう」
「うん」
ディルは穏やかな瞳でプリシラを見つめ、ふわりと微笑んだ。プリシラはその表情に、思わずはっとさせられた。ディルとは長い付き合いだ。いろんな彼を見てきたつもりだった。けれど‥‥こんなふうに、まだ知らなかった新しい彼を見つけてしまうと、どうしようもなく心がざわつく。甘い胸の高鳴りに気がつかないふりをするのは、もう無理だった。
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