次期国王は初恋妻に溺れ死ぬなら本望である
(フレッドのこと、お父様のこと。浮かれているような状況じゃないのは、わかってる。だけど、今だけ‥‥ほんの少しだけ、素直に喜んでもいいかしら)
ディルとこんなふうに和やかに食事をすることなんて、結婚が決まった当初はとても考えられなかった。すれ違い、ぶつかってばかりだった。気のおけない幼馴染のままでいたかった‥‥。そう思ってしまったことも、一度じゃない。
そこから比べたら、自分たちの関係はずいぶん進歩したんじゃないだろうか。
夫婦に近づけているような気がする。
プリシラの心は弾み、自然と笑みがこぼれる。
「誰かとの食事がそんなに嬉しいのなら、貴族の婦人たちを自由に招いても構わないぞ。プリシラはあまり好きじゃない
だろうと思って黙ってたが、みんな誘いを待ってるようだから」
「そうねぇ」
ディルに言われるまで思いつきもしなかったが、身分のつりあう貴族のご婦人方ならこの黒蝶の間に招いて、お茶会やらお食事会やらを開くこともできるのだ。
実際、ルワンナ王妃のサロンは有名で招待されるのは宮廷婦人にとって最高の栄誉だと言われている。
それほど大袈裟にしなくても、旧知の友人を数人招くくらいならいいかもしれない。そこまで考えてから、プリシラは自分がちっとも気乗りしていないことに気がついた。
「いえ、やっぱりやめとくわ。私、誰かと食事がしたいんじゃないみたい」
「うん?」
誰かは、誰でもいいわけじゃなかった。
プリシラはくすりと笑うと、いたずらっぼい瞳でディルを見た。
「あなたと一緒に食事がしたかったみたい。だから、また時間のあるときには声をかけてね」
ディルは驚いたように軽く目を見開いて、それから手の甲で口元を隠した。これは、照れたときのディルの癖だ。

(この顔は昔から知ってる。でも、大人になってから見たのは初めてかもしれない)

新しい顔も、懐かしい顔も、彼のどんな表情も愛おしく思える。鍵をかけて心の奥底に閉まっていた恋心、見ないふりをしてきたそれが、いつのまにか勝手に大きくなって溢れ出てきてしまっている。
自分でも制御できないその感情が、プリシラは少し怖いような気もした。
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