次期国王は初恋妻に溺れ死ぬなら本望である
『自分勝手なことをして申し訳ない。王太子フレッドは死んだものと思って、どうか探さないで欲しい』
この短いメッセージだけを残して、フレッドは王宮から忽然と姿を消したのだという。体調不良でパーティーに遅れるというのは、王太子宮の者達が咄嗟に考えた時間稼ぎの為の言い訳だったようだ。
彼の姿を最後に見たのはフレッドの侍従をしているエドという少年で、時刻はパーティーの始まる二時間ほど前だった。その時のフレッドの様子はいつも通りで、まさか失踪を企だてているなんて思いもしなかったとエドは話した。国王夫妻も思い当たる節もなく、ひどく戸惑っているとのことだった。
結婚披露パーティーは当然中止となったが、プリシラは実家に戻ることも許されず予定通り王宮内の離宮に留まることになった。

「ふぅ‥‥」
プリシラは重いドレスを脱ぎ捨てて真珠色の夜着に着替えると、ふかふかのベッドに腰をおろす。疲れ切った体はぐったりと重い。ここ、ミモザの宮は王家に輿入れする女性達が結婚式までの一月を過ごす為に用意された場所だ。王の住まう正殿や王太子宮に比べたら本当に小さな建物だが、居心地は悪くない。隅々まで掃除が行き届いており、あちこちに飾られたミモザの花がプリシラの心を和ませてくれる。この寝室も白と明るい黄色を基調とした、田舎の東屋風のかわいらしい内装だ。

ーーコンコン。
扉が控えめにノックされプリシラが返事をすると、年若い少女が顔を覗かせた。
王宮の下働きの者だろう。下働きとはいっても、王宮に勤める者はみな貴族身分だ。彼女も例外ではなく、育ちの良さそうな利発そうな顔をしている。
「リズと申します。普段は王妃様の宮に勤めていますが、プリシラ様がこちらに滞在する間はお世話をするようにと言付かっております。どうぞよろしくお願い致します」
リズは丁寧に頭を下げた。まだ十五、六歳だろうが、随分としっかりしている。
「こちらこそ。よろしくね、リズ。仲良くしてもらえたら、嬉しいわ」
プリシラがふんわりと微笑むと、リズも笑顔を見せた。
「はい!温かいお茶をお持ちしたので、よかったらどうぞ。今日はお疲れでしょうから、ゆっくりお休みになってくださいね」
リズの目には同情の色が浮かんでいる。彼女は手早くポットとティーカップをベッド脇のテーブルにセットすると、「おやすみなさい」と言って部屋を出ていった。
< 9 / 143 >

この作品をシェア

pagetop