次期国王は初恋妻に溺れ死ぬなら本望である
せっかく、いい関係になれつつあるのに、欲張ってはいけない。そんな気持ちがプリシラの恋心にブレーキをかけた。
「ごめんなさい。なんでもないの。別にディルだから拒絶したわけじゃないのよ。相手が誰でも、きっと困惑して同じような態度を取っていたわ」
なぜ、嘘をつくときほど言葉はスラスラと自然に出てくるのだろう。プリシラのついた小さな嘘に、ディルは気がつかないようだった。
本当はディルだから困惑したのだ。ディルが好きだったからこそ、どんな態度を取ったらいいかわからなかったのだ。


食事を終えた後、ディルが切り出してきた話は楽しいものではなかった。
「スワナ公国で約束した通り、ナイードについて少し調べた。彼は語学が堪能で優秀なことは確からしいが、ひとりの主に忠誠を誓うタイプではなく各国を渡り歩いているようだ。ロベルト公爵もそのことは承知で、信頼よりは利害にもとづいた主従関係のようだ」
「そうね。お父様は意外と臆病なところがあって、友人も部下も完全に信用したりはしないと思うわ」
周囲には豪快だと思われているし、本人もそう振る舞ってはいるが、ロベルト公爵は神経質な面があり猜疑心が強い。だからこそ、ナイードのように利害でのみ動く人間の方が安心なのかもしれない。
「ナイードはミレイア王国にくる前はラシッド諸島にいたようだ。そして、生まれは‥‥ソルボンだ」
「ソルボン。ルワンナ王妃の故国ね」
「ソルボンでも指折りの裕福な商家の息子らしい。だが、本人は占い師だか呪術師だか、怪しげな商売で人気を集めてソルボンの王宮にも出入りしてたようだな」
ということは、輿入れ前のルワンナ王妃と交流があった可能性もある。直接のつながりはなくとも、ナイードがソルボン王宮にもつてがあるという事実は見逃せないだろう。
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