次期国王は初恋妻に溺れ死ぬなら本望である
「う〜ん、悩ましいわね。ナイードが黒なのは間違いなさそうだけど、手綱をひくのはお父様か、ルワンナ王妃か‥‥どちらの可能性もあるってこと?」
「ナイードが主導で、公爵や王妃は利用されてるって可能性もあるな」
「‥‥なんだか、結局いつも同じところに行きつくわね。みんな怪しいような、そうでもないような」
プリシラはため息とともに、窓の外に目を向けた。外はもう日が落ちて、真っ暗だった。ここ数日、天候が不安定だ。嵐でも近づいているのだろうか。強風にあおられて、木々が大きく揺れている。見ていると不安を掻き立てられるような気がして、プリシラはきゅっと身をすくめた。
「フレッドはどうしてるかな?」
ディルがぽつりとつぶやいた。まるで旅行中の兄を思い出したかのような気軽さだった。
「え?」
「別になんの根拠もないんだが、俺はフレッドは生きてると思う」
「本当に⁉︎」
身を乗り出して聞き返したプリシラに、ディルは苦笑を返す。
「根拠はないって言ったろ。そんな嬉しそうな顔されても困る。けど、生きてる。そんな気がする」
「うん、うん。たった二人の兄弟だもの。なにかテレパシーみたいな、通じ合うものがあるのね!」
「いや、そんな特殊能力はないけども」
ディルはプリシラの勢いに押され気味だ。

たとえただの勘でも、ディルがそう信じていることが嬉しかった。情けないけれど、婚約者だった自分よりきっとディルの方がフレッドという人間を正しく理解しているように思うから。


「外が騒がしくなってきたな。しっかり戸締りして休めよ」
「うん。ディルもあまり無理せずね」
プリシラは執務室に戻るというディルを見送った。
かなり勇気を出して、泊まっていかないかと誘ってみたのだが、やりかけの仕事があると断られてしまった。

(今日はもう時間が空いたのかと思っていたけど、違ったのね。あら?じゃあ、夕食のためにわざわざ来てくれたってこと?)
信頼し合える夫婦に。それがプリシラの願いだったが、一方通行だとばかり思っていた。でも、そうではないのかもしれない。もしかしたらディルも応えようとしてくれているのかも。
(うん、やっぱり間違ってなかった。恋愛はできなくても、良き夫婦を目指すことはできるんだわ)
プリシラは嬉しさを噛み締めた。先程までは不吉の前触れのように感じていた外の嵐も、もうちっとも怖くはなかった。
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