能ある鷹は恋を知らない
「素敵です、お嬢様」

鏡の中の自分を見て言葉が出ない。

肌よりワントーン落ち着いたシックなスキンカラーは素肌を明るく見せ、詰まり過ぎない首元は緩いVネックでさりげなく鎖骨が覗く。ウエストまでは肌に沿うタイト感で身体のラインを出し、切り替えから膝上まではヒップの丸みを見せながらフェミニンな膨らみをもたせたデザイン。
地模様にブランドマークが入っているがよく見ないと分からないさりげなさで、一言で言うならこの上なく上品なワンピースだ。

さらに髪も流れるように緩い編みこみが耳元まで続き、束ねられた髪は決して派手ではなく自然に肩にウエーブが落ちる。
極め付けとばかりにシンプルな石のピアスが装着され、プロによって手直しされたメイクによって全体が調和する。

服と髪とメイクでこんなに変わるものなの。
呆けたような顔で写る鏡の後ろでは大仕事を終えた女性たちが達成感に満ちた表情で覗き込んできた。

「さ、お披露目に行きましょう」
「え、ちょ…」

促されるままにさっきのフロアへと戻ってくる。

「お待たせいたしました、素材がとてもよくて思わず張り切ってしまいましたわ」

黙ったままの私に女性が院長に歩み寄り、振り返るよう目配せする。
ソファから立ち上がった院長がこっちを向くのが恥ずかしくて思わずうつむいた。
なかなか声が掛からないのが余計に焦燥感を煽る。

「や、やっぱり私にはこんなの…」
「いやーきみはほんと俺の予想を超えてくるね」

くく、と笑いながらこっちに歩いてくると正面で立ち止まる。
ちらりと目を遣るとにっこり笑った院長に右手が取られ、反応する前に自然な動きで指に口づけられる。

「…っ!な、なにを…っ」

思わず噛んでしまった私に構わず院長は上目使いに私を見た。

「思わずこうさせるきみが悪いよ」
「な、もう、離してください!」

あまり見たことのない角度に、眼鏡の奥の理知的な目で見つめられて思わず顔が赤くなる。
からかわれているのは分かるのに脈が速くなっているのが悔しい。
慌てて手を引っ込めるも院長の視線は私に向いたままだった。

「化けるかなとは思ったけど、正直ここまでとは思わなかった」
「どうせ普段は地味です」

赤くなった顔を見られたくなくて院長から目をそらして言った。

指にキスだなんてどこの映画のワンシーンよ。
もう思考回路が一般人のそれじゃない。

「じゃあ行こうか」
「え、あの、このまま?」
「何言ってる。あの格好じゃ店に入れないから連れてきたんだ」
「でも…」

総額いくら掛かっているのか恐ろしくて考えられない。
私の思考を読み取ったように院長はにやりと笑った。

「責任もって俺の目にも楽しいディナーにしてくれないとね」
「…プレッシャーかけないでください」

店の階段の前でさりげなく手を取られエスコートされる。
なんだか現実味が無さすぎて抵抗しようとも思えなかった。



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