能ある鷹は恋を知らない
「あれ、ここですか?」
「うん」
目的地が『B.C.square TOKYO』だと気付いたのは地下駐車場に入る手前のことだった。
地下に入っていくと駐車場はまるで展示場のようで、車に興味のない私でも知っている高級外車がずらりと並んでいた。
「絶対こんなところで駐車できない…」
「普通の駐車場より広めだから逆に入れやすいよ」
そもそもハンドルを持つ手が震えそうなレベルだ。
院長はあっさり駐車を終えるとエレベーターホールへ向かう。1階ほどではないしろ、十分な広さだった。
「鮎沢ちゃんこっち」
「え、でもレストラン階ですよね?」
低層階用のエレベーターのボタンを押す直前で院長はさらに奥へ進んでいく。
「上にもあるって知らない?」
院長が押したエレベーターの行き先を見ると53・54階専用となっている。
「上って…」
「『グラン・シャリオ』。けっこうテレビでも取り上げられてるから知ってるかと思ったけど」
『グラン・シャリオ』。もちろん知っている。
ミシュランガイドでも三つ星をもらったとテレビで流れていた。
「行くよー」
「ちょ、院長っ」
降りてきたエレベーターに腕を引かれて乗り込む。
「あの…」
「鮎沢ちゃんは普通に食事を楽しめばいいから」
そんなこと言われても。
ドレスコードのあるレストラン自体入ったことなどない。
落ち着かなくてそわそわしてしまうが、もう院長は私の戯れ言など聞かないといった態勢で前を向いたままだった。
勢い良く上昇しているはずの箱の中は僅かな振動だけであっという間に53階へ到着した。
「いらっしゃいませ」
エレベーターの扉が開いたとたん待ち構えていたのだろう、黒いスーツの男性が恭しくお辞儀で出迎えた。
「お待ちしておりました、長谷様」
名前を告げるまでもなく院長の顔を見て男性はにっこりと笑った。
「ご案内いたします」
「行こうか」
またしても店の入り口で立ち尽くす私に院長は振り返って促した。
真紅の絨毯に靴音が吸い込まれ、雰囲気を作り出すBGMがゆったりと流れる。
店員の後に続くと奥にある窓際の一席に案内された。
「どうぞ」
着席までスマートにエスコートされ、座ったその時初めて窓の向こうの景色に目を奪われた。
眼下に広がる都会に聳え立つビルとさらにその中の無数の光。きらきらと煌めいているあの中の一つにもたくさんの人が生活をしている。一晩中消えることのない光。
都会の大きさを思い知らされたようだった。
「すごい…」
「気に入った?」
正面に視線を戻すと院長が薄く笑ってこっちを見ていた。
自分の反応が田舎者丸出しで恥ずかしくなる。
「こんなところ来たこともないので」
「そうだろうと思ってここにした」
そんなに軽い感じで何万もするディナーに来るなんて。
スケールの違いに頭がくらくらしそうになる。
ワイングラスに注がれる琥珀色の液体。
軽く会釈してソムリエが立ち去るとグラスを持ち上げて院長と目を合わせた。
一口飲むと鼻の奥にまで香りが広がり、普段飲むワインとの違いを感じる。
「美味しい…」
「なんとなく鮎沢ちゃん白好きそうだと思った」
「確かに、白の方が好きです」
「それは良かった」
目の前にはいつもの白衣ではなく、ダークグレイのスーツを着た院長。いつの間にかスーツよりワントーン濃い色のポケットチーフが胸に刺さっていた。
テレビの世界でしか見たことのない光景と自分の置かれた環境に、アルコールが入ってさらに現実と乖離していくようだった。
「うん」
目的地が『B.C.square TOKYO』だと気付いたのは地下駐車場に入る手前のことだった。
地下に入っていくと駐車場はまるで展示場のようで、車に興味のない私でも知っている高級外車がずらりと並んでいた。
「絶対こんなところで駐車できない…」
「普通の駐車場より広めだから逆に入れやすいよ」
そもそもハンドルを持つ手が震えそうなレベルだ。
院長はあっさり駐車を終えるとエレベーターホールへ向かう。1階ほどではないしろ、十分な広さだった。
「鮎沢ちゃんこっち」
「え、でもレストラン階ですよね?」
低層階用のエレベーターのボタンを押す直前で院長はさらに奥へ進んでいく。
「上にもあるって知らない?」
院長が押したエレベーターの行き先を見ると53・54階専用となっている。
「上って…」
「『グラン・シャリオ』。けっこうテレビでも取り上げられてるから知ってるかと思ったけど」
『グラン・シャリオ』。もちろん知っている。
ミシュランガイドでも三つ星をもらったとテレビで流れていた。
「行くよー」
「ちょ、院長っ」
降りてきたエレベーターに腕を引かれて乗り込む。
「あの…」
「鮎沢ちゃんは普通に食事を楽しめばいいから」
そんなこと言われても。
ドレスコードのあるレストラン自体入ったことなどない。
落ち着かなくてそわそわしてしまうが、もう院長は私の戯れ言など聞かないといった態勢で前を向いたままだった。
勢い良く上昇しているはずの箱の中は僅かな振動だけであっという間に53階へ到着した。
「いらっしゃいませ」
エレベーターの扉が開いたとたん待ち構えていたのだろう、黒いスーツの男性が恭しくお辞儀で出迎えた。
「お待ちしておりました、長谷様」
名前を告げるまでもなく院長の顔を見て男性はにっこりと笑った。
「ご案内いたします」
「行こうか」
またしても店の入り口で立ち尽くす私に院長は振り返って促した。
真紅の絨毯に靴音が吸い込まれ、雰囲気を作り出すBGMがゆったりと流れる。
店員の後に続くと奥にある窓際の一席に案内された。
「どうぞ」
着席までスマートにエスコートされ、座ったその時初めて窓の向こうの景色に目を奪われた。
眼下に広がる都会に聳え立つビルとさらにその中の無数の光。きらきらと煌めいているあの中の一つにもたくさんの人が生活をしている。一晩中消えることのない光。
都会の大きさを思い知らされたようだった。
「すごい…」
「気に入った?」
正面に視線を戻すと院長が薄く笑ってこっちを見ていた。
自分の反応が田舎者丸出しで恥ずかしくなる。
「こんなところ来たこともないので」
「そうだろうと思ってここにした」
そんなに軽い感じで何万もするディナーに来るなんて。
スケールの違いに頭がくらくらしそうになる。
ワイングラスに注がれる琥珀色の液体。
軽く会釈してソムリエが立ち去るとグラスを持ち上げて院長と目を合わせた。
一口飲むと鼻の奥にまで香りが広がり、普段飲むワインとの違いを感じる。
「美味しい…」
「なんとなく鮎沢ちゃん白好きそうだと思った」
「確かに、白の方が好きです」
「それは良かった」
目の前にはいつもの白衣ではなく、ダークグレイのスーツを着た院長。いつの間にかスーツよりワントーン濃い色のポケットチーフが胸に刺さっていた。
テレビの世界でしか見たことのない光景と自分の置かれた環境に、アルコールが入ってさらに現実と乖離していくようだった。