能ある鷹は恋を知らない
「はい、では次先生に治療してもらいますね。一度うがいしてください」

午後の診察も順調に進み、いつもと同じように仕事をこなしていく。
ちらりと時計を確認すると18時半を回っていた。

「待ってるね」
「え…」
「高島くん」

治療が終わり、患者さんのいない院長と私だけになったスペース。
カルテにペンを走らせながら院長が私を見た。

「別に、待ってません」
「治療計画の進行上は来てもらわないと困るんだけど」
「……」

また面白がってる。
院長の顔がふざけモードになっているのを確認して、チェア脇のブラケットテーブルの片付けと次のセットを準備をしながら相手にしないよう自分に言い聞かせる。

「高島くんってどういうデートするんだろう」
「知りません」
「ヘリとか乗せられたりして」
「院長、次の患者さんが待ってます」
「あ、高島くん」

一瞬ぴくりと動きが止まってしまう。

「間違えた。スーツ多いから似てるんだよなー」
「…っ」

私の動きをしっかり確認してから院長はスペースを離れていった。
思わず高島さんの名前に反応してしまった悔しさが込み上げる。

ほんとに性格悪い。いつもいつも人のこと面白がって。
…だめだ、仕事に集中しないと。

切り替えるように受付に向かい、次の患者さんを呼びに待合室へと顔を出した。

「お待たせしました、中川さんどうぞ中へ……あ」

後ろ姿でも一瞬で彼と分かってしまう高身長に品の良いスーツ。
靴を脱ぐ仕種でさえ様になるなんて嫌みなくらいだ。

「今日は文句ないだろう」

目が合った瞬間にいつもの無表情が少しだけ自慢げな笑みを作る。
受付時間内に来るっていう当たり前のことでそんな顔されても。

そう思うのに、どうしてか胸が高鳴ってしまったことに気付かない振りをして、何も考えないよう担当のスペースに戻った。

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