能ある鷹は恋を知らない
なんとなく予想していたものの、連れてこられたのは高級ブランドの服飾店だった。ブランドなんてほとんど興味もなく、正直ここもどこのものかも分からないが店の外観でその圧倒的な場違い感はひしひしと感じる。

「あの、高島さん…」

店に入る手前で高島さんを呼び止める。
振り向いた彼は階段を上っていて、いつもよりもずっと高いところから見下ろされているようだった。

「なんだ」
「私、こんな高そうなお店には入れません」
「何を言ってる。きみに支払わせるわけがないだろ」
「それじゃ余計に入れません。高島さんにそこまでしていただく理由がないです」
「相変わらずの頭の固さだ。俺が予約した店に入るにはきみに着替えてもらうしかない」
「食事も…そんなところ私には不釣り合いです」
「誰かに文句を言わせるような格好はさせない」
「そうじゃなくて…」
「きみはこの間上司との食事に十分着飾っているように見えたが」
「あれは…あの日、院長のプライベートの頼みごとに付き合ったお礼だと」
「これもプライベートだ。俺の誘いに付き合うのだからその礼だと受け取ればいい」

言い返せる言葉がなくなって黙り込むと高島さんが階段を下りて私に近づいた。

「それとも何か。あの医者が用意したもの以外は受け取らないということか」
「違います!」
「なら問題ない。きみに用意したものがある。来い」

そう言って高島さんは私の困惑などお構いなしに手を引いて店の中へ入った。

「お待ちしておりました、高島様」
「ああ、この間のものを彼女に」
「かしこまりました」

恭しく高島さんへと頭を下げた店員がちらりと私を見た。
品の良さそうな唇は胸の内を秘めるようににっこりと笑って私を奥へ案内する。
どうしてこんな平凡な女が連れてこられるのかとでも思われていそうだ。私が逆の立場でもそう思う。

高島さんを振り返ると一角に設置されたテーブル前のソファに座り込んでいた。

「こちらにお着替えなさってくださいませ」

試着室と呼ぶには広すぎるスペースに入る。
待ち構えていた女性から目の前に出されたのは黒のワンピースだった。
見た瞬間にうっとりするような素敵なデザインだ。思わず着てみたいという衝動に駆られる。

「お手伝いさせていただきます」

肌に触れる生地もなめらかで、全身にそれを纏って鏡の前に立つと別人のような自分がいた。

鎖骨を見せる胸元のスクエアラインは黒のシースルーでセクシーさがある。
そこから肘までの袖はケミカルアップリケのような繊細な黒の花の刺繍が連なっていて、隙間から見える肌を美しく引き立てた。
胸からウエストまではプリーツが細かく入り、ウエストをマークするように切り替えが入ると膝丈までふんわりとしたタッチでエレガントな膨らみを作り、品のある大人の女性らしいシルエットになっていた。

「素敵です」

いつの間にか髪もまとめ上げられ、回り込んできた女性がメイクの手直しを始めた。

「高島様はよくいらしてくださる常連様なんですが、前もってご自分で服をお選びになるなんて初めてなんですよ」
「え…服を?」
「はい。いつもはご来店いただいたときに私どもで合わせていただくことが多いのですが…高島様の目はやはり素晴らしいですね。とてもよくお似合いです」

その言葉と共にメイクが終わり、改めて鏡の中の自分を見る。
どきどきするような高揚感。こんな素敵な服を高島さんが選んでくれたなんて。
無性に早く見てもらいたい気持ちが沸き起こり、まるで自分の感情とは思えなくて当惑する。

どうしたんだろう。こんなの私じゃない。
振り回されるのは嫌なのに。

用意された靴に履きかえると足が勝手に高島さんのいるフロアへと向かった。

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