能ある鷹は恋を知らない
自信がない。一言でいえばそういうことだ。
今まで千葉の田舎でずっと生きてきて、狭い世界しか見ていなかった。就職を考えた時も特に何が得意でも人に誇れるようなものもなく、せめて生きていくのに困らないようにと思って手に職をつけた。
恋人も人並みにはいたものの、必ずといって良い程向こうから別れを切り出されたし、そうでなければこの間のように浮気されてお終いだ。

自分は選ばれない。誰かの特別にはなれない。

そんな思いが根底にずっとあったのだ。ただ狭い世界で日常を消費していく中で、そんなことは深く考えずにいられた。

なのに。

都会で働き始めると世界の広さを嫌でも思い知らされた。
平凡な私だからこそ採用されたというのは同時にいつでも替えのきく存在だということ。

あの若さでクリニックを開いた長谷院長も、学生時代から企業して成功している高島さんも、あまりにも高みに存在していて、別世界の人間だと思わなければ自分の存在なんて霞みそうで怖いとすら思える。

だからこんな綺麗な服を着せられて、美味しい料理を食べさせてもらって、ちょっと褒められたりすると戸惑ってしまう。そんな自分にイライラする。勘違いするなと。私はあくまで普通の庶民なんだから。

別世界の人の特別になりたいだなんて万が一にも思わない。

食事の手も止めたまま黙り込んだ私に、高島さんが静かに口を開いた。


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