能ある鷹は恋を知らない
「『ホークカンパニー・ホールディングス』を知っているか」
「え?…それは、さすがに知ってますけど」

むしろ日本で知らない者はいないだろう大企業だ。『B.C.square TOKYO』にも傘下のコンサルティング会社がアッパーフロアに入っている。

「あれは祖父の会社だ」

またも唐突な発言に思考が止まる。日本有数の大企業が祖父の会社って。
もう生まれからして生粋のセレブエリートだったのか。
しかしそう言われると彼の品のある佇まいも納得だった。

「あれ、でも確か会長の苗字って…」
「水上だ。俺は父の愛人の子どもなんだ。母の苗字である高島姓を名乗っている」

なかなか複雑な家庭事情をさらっと打ち明けられて反応に困る。
そんな私を気にも留めず高島さんは話を続けた。

「別に確執やらがあるわけじゃない。そんな顔をするな。母が亡くなって水上家に引き取られたがみんな良くしてくれた。父の正妻、今の義母には子どもがいて、俺の兄になるんだがものすごく優秀なんだ」

そう言った高島さんの顔は優しい表情に見え、お兄さんを心から慕っているのが伺えて少しほっとした。

「祖父からは優秀な方に後を継がせると言われて俺も勉強はもちろんできる限りのことをやったが、全く兄には敵わなかった。それで見返してやろうと思って起業した」

高島さんのスタートはそこからだったんだ。

滔々と語られる彼の話に手が止まる。
どうして私に話してくれるのかは分からないが、彼の話を少しも聞き逃したくなくて高島さんを見つめたまま視線も動かせない。

「最初は上手く行かないことの方が多く、だめかもしれないと感じることもあった。そんな時に大事だったのは自分を信じることだ。自分のことも信じられない奴に周りの人間は付いていかない」

高島さんは私のことを見据えて言った。
自分を信じる。『自信を持て』と訴えられているような気がした。

「なんとか会社は軌道には乗ったが、俺の目標は祖父の会社を超えることだ」

そう高らかに言った高島さんの目は今まで見たことがないくらいに澄んできらきらしていた。
夢を語る彼を見ていると自分の小ささがバカらしく思えてくる。

「きみは鷹と鷲の違いを知ってるか」

またも唐突な質問に虚を突かれ、考えを巡らせるが結局何も思いつかなかった。

「いえ、分かりません」
「実は生物学上の違いはない。大きさで呼称が変わる」

鷹と鷲。

「それって…」
「ああ、祖父の会社の『ホーク』は鷹。それを超えるという意味で鷲を意味する『イーグル』を会社の名前に付けた。まだまだ俺は鷹にも及ばないがな」

高島さんがそんな風に言うなんてあまりにも意外だった。
いつも自信たっぷりで強引なのに、まだずっと先を見据えてもっと高みを目指している。

この人は本当にすごい人だ。

自然と口元に笑みが浮かぶ。彼を尊敬する気持ちに、純粋に胸が温かくなった。

そしてふと、いつか聞いたことのあった昔話を思い出した。祖父に聞いた話だっただろうか。

「…鷹の逸話をご存知ですか。鷹は長生きすると言われていますが、40年ほどで爪やくちばしが老化するんです。そこで鷹は岩で自分のくちばしを壊し、新しくできたくちばしで古い爪を取り、新しい爪が生えると重くなった羽を抜くんです。すると半年後には羽が揃い、鷹は新しい姿に生まれ変わってそれからまた何十年も生きるんです」

真摯に私の話に聞き入る高島さんの目を見つめる。

「常に高みを目指して成長しようとする高島さんは、立派な鷹だと思います」

高島さんはナイフとフォークを握ったまま静止したように私を見つめていた。
そして、見たことのないような柔らかい笑みを私に向ける。

「…きみは、やはり変わっている」

あなたの方が余程変わってます。

そう言いたかったのにあまりにも魅力的なその表情に目を奪われ、うるさいほど胸が高鳴って何も言えなかった。


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