能ある鷹は恋を知らない
先制リバイバル
「ご馳走様でした」
「ああ」

先ほどの執事のような店員に見送られて店を出る。
春の夜にしてはそんなに寒さも感じられず、むしろアルコールの入った身体には心地良いくらいだった。

敷地を出ると正面に高島さんの車が停められており、到着した時と同じように車のキーを持ったスーツの男性が側に立っていた。
車に乗り込み、走り出すと同時に高島さんの横顔を見る。

「すみません、私だけアルコールをいただいてしまって…」
「俺が勧めたんだ。気にすることはない」

無表情で運転する高島さんの顔はいつもと同じはずなのに、少しだけ柔らかく見えた。
車窓から流れる景色は樹木の多い道を抜け、光があふれる都会の中へと走り出す。

「きみが俺と飲むというなら家に連れて帰るが」

走りだして数分、沈黙を破ったのは高島さんの衝撃的な発言だった。

え…家って。

その真意が分からないほど子どもではない。
そう思えば頭の中だけで空回りして言葉が出てこない。
運転の合間、一瞬こっちを窺うように見る切れ長の目に返事を促されるようで焦りが募る。

「え…と、あの…」

しどろもどろになって言葉に詰まる私の返答に車内は沈黙に包まれ、そうこうしている内に車通りの少ない道に車が停車する。
どうしたのかと高島さんを見るとハンドルに手を掛けたまま真っ直ぐに私を見ていた。

「まだ俺はきみの中で『あり得ない』ままか」

先日のバーでの会話のことだ。そもそもそれ自体が誤解だと言うのに。

「違います、そもそも、あれは高島さんをあり得ないって言ったわけじゃなくて、高島さんみたいな人が私を口説くなんてあり得ないっていう意味で…」
「今の現象としては同じだ。結局きみがどうかということだろう」

なんという簡潔な返し。
この人の核心を突くような視点はこういう時に非常に厄介だ。

「高島さんは、すごく素敵な人だと思います。仕事に対する姿勢だって尊敬してますし…」
「なら他に拒む問題でもあるのか」
「そこ!そういうとこですよ!」

どうしてこの人はこうなのか。
問題あるなしで判断する事柄じゃないのに。
そういう感覚が高島さんにはないように思える。

抗議の目で高島さんを見ると若干呆れたような表情でため息をつかれた。

「またか。今きみに確認しているだろう。きみの気持ちを無視するなら車も停めずにとっくに連れ帰っている」
「…っ」

高島さんはいつもの涼しい顔で私を見つめてそう言った。
その言葉に否応にも顔が紅潮してしまう。

またその顔でさらっとそんなこと言うなんてずるい。
今はその無表情が逆に反則ってなんで分からないの。

声に出せない反論が腿の上に置いた手をぎゅっと握りしめた。

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