能ある鷹は恋を知らない
煩くなる鼓動を隠すように顔を上げて告げる。
「姉に、晩ごはん食べたら帰るって言ってあるので…ごめんなさい」
我ながら苦しい言い訳にしか聞こえないけれど。
「この流れで断られたのはきみが初めてだ」
呟くように言って高島さんは再び車を走らせ始めた。
「だから、皆がみんな同じだと思わないでください」
「二人で食事に行ったあとは大体泊まりまでが流れだろう、大人なら」
「それ普通じゃないです」
「きみに普通を説かれるとはな」
ほんとに心からあなたには言われたくない。
確かに高島さんに誘われたらそうなるのも自然というか頷けるけど。
だけどそんな明らかに寝る相手が毎日違うような生活スタイルの一部に組み込まれたくない。
景色を見る振りをして短くため息を吐き出した。
「姉妹で住んでいるのか」
機嫌を損ねたかと思っているとそうでもないようで、高島さんはいつも通りの声音だった。
「いえ、実は私が急に家を出ないといけなくなって、それで東京に出てきて姉夫婦の家で居候させてもらってるんです」
「そうか」
「今月中には引っ越せるようにするつもりです。…そういえば高島さんはどのあたりに住まれてるんですか?」
「B.C.ビルだ」
「え?」
「上のホテルの一室を年間契約している」
ホテルの年間契約。しかもあの『コンチネンタル・ガーデン』。
この間、あのホテルが院長のお父さんが経営する長谷グループが運営をしていて、部屋の一室が院長の自宅になっているとは聞いたけど。
スイートが一泊200万する高級ホテルが自宅。
まさかこんな身近に文字通りのホテル住まいが二人もいるなんて。
改めて存在の違いを思い知らされる気分だ。
「東京を一望できますね」
「特に面白いものでもない。仕事の効率を鑑みた結果だ」
それは贅沢な発言のようにも思えたけれど、どこか寂しい色合いを感じる言葉だった。
車は住宅街に入り、姉の家の近くで車を止めてもらった。
「今日はありがとうございました」
「構わない」
「来週またクリニックに来てくださいね」
「それは助手としてか」
「衛生士です。…そうですね、でもプライベートでもまた高島さんとお話ししたいとも思います」
今の素直な気持ちを告げると視界の端で高島さんが動くのが見えた。
何かと見遣ると高島さんが胸ポケットからカードケースを取り出し、取り出した紙におもむろに何かを書き始める。
「次はきみが連絡してこい」
「え?」
手渡されたカードを見るとそれは高島さんの名刺だった。
「それは仕事用の番号だ。掛けるときは裏に書いた番号に掛けてくれ」
裏返すと几帳面な字が斜めに番号を記していた。
「きみは名刺を持っていないのか」
「ありません。ただの歯科衛生士ですから」
くすりと笑うと高島さんは真顔のまま私の方へ近づいた。
「きみは鮎沢と呼ばれていたな。下の名前は」
「芹香です。植物の芹に香りで」
「芹香」
初めて呼ばれた名前に胸が大きく脈打つ。
「は、い…」
高島さんの綺麗な顔がさらに近づき、まじまじと私を見つめる。
「良い名前だ。…よく似合う」
ふと高島さんの左手が伸びて頬を撫でるように触れられた。
あとほんの僅かに引き寄せられれば簡単にキスができる距離で微笑まれ、胸の奥が熱くなる。
恥ずかしくなって目を伏せ、逃れるようにシートベルトを外した。
「じゃあ、ほんとにありがとうございました。おやすみなさい」
「ああ…」
その一言を聞くと顔も見ず車を降りた。
ガラス越しに目が合った高島さんに会釈をすると静かに車が走り出す。
赤いテールランプが角を曲がって消えるまでその場で見送る。
早鐘を打つ心臓はまだ収まりそうになかった。
「姉に、晩ごはん食べたら帰るって言ってあるので…ごめんなさい」
我ながら苦しい言い訳にしか聞こえないけれど。
「この流れで断られたのはきみが初めてだ」
呟くように言って高島さんは再び車を走らせ始めた。
「だから、皆がみんな同じだと思わないでください」
「二人で食事に行ったあとは大体泊まりまでが流れだろう、大人なら」
「それ普通じゃないです」
「きみに普通を説かれるとはな」
ほんとに心からあなたには言われたくない。
確かに高島さんに誘われたらそうなるのも自然というか頷けるけど。
だけどそんな明らかに寝る相手が毎日違うような生活スタイルの一部に組み込まれたくない。
景色を見る振りをして短くため息を吐き出した。
「姉妹で住んでいるのか」
機嫌を損ねたかと思っているとそうでもないようで、高島さんはいつも通りの声音だった。
「いえ、実は私が急に家を出ないといけなくなって、それで東京に出てきて姉夫婦の家で居候させてもらってるんです」
「そうか」
「今月中には引っ越せるようにするつもりです。…そういえば高島さんはどのあたりに住まれてるんですか?」
「B.C.ビルだ」
「え?」
「上のホテルの一室を年間契約している」
ホテルの年間契約。しかもあの『コンチネンタル・ガーデン』。
この間、あのホテルが院長のお父さんが経営する長谷グループが運営をしていて、部屋の一室が院長の自宅になっているとは聞いたけど。
スイートが一泊200万する高級ホテルが自宅。
まさかこんな身近に文字通りのホテル住まいが二人もいるなんて。
改めて存在の違いを思い知らされる気分だ。
「東京を一望できますね」
「特に面白いものでもない。仕事の効率を鑑みた結果だ」
それは贅沢な発言のようにも思えたけれど、どこか寂しい色合いを感じる言葉だった。
車は住宅街に入り、姉の家の近くで車を止めてもらった。
「今日はありがとうございました」
「構わない」
「来週またクリニックに来てくださいね」
「それは助手としてか」
「衛生士です。…そうですね、でもプライベートでもまた高島さんとお話ししたいとも思います」
今の素直な気持ちを告げると視界の端で高島さんが動くのが見えた。
何かと見遣ると高島さんが胸ポケットからカードケースを取り出し、取り出した紙におもむろに何かを書き始める。
「次はきみが連絡してこい」
「え?」
手渡されたカードを見るとそれは高島さんの名刺だった。
「それは仕事用の番号だ。掛けるときは裏に書いた番号に掛けてくれ」
裏返すと几帳面な字が斜めに番号を記していた。
「きみは名刺を持っていないのか」
「ありません。ただの歯科衛生士ですから」
くすりと笑うと高島さんは真顔のまま私の方へ近づいた。
「きみは鮎沢と呼ばれていたな。下の名前は」
「芹香です。植物の芹に香りで」
「芹香」
初めて呼ばれた名前に胸が大きく脈打つ。
「は、い…」
高島さんの綺麗な顔がさらに近づき、まじまじと私を見つめる。
「良い名前だ。…よく似合う」
ふと高島さんの左手が伸びて頬を撫でるように触れられた。
あとほんの僅かに引き寄せられれば簡単にキスができる距離で微笑まれ、胸の奥が熱くなる。
恥ずかしくなって目を伏せ、逃れるようにシートベルトを外した。
「じゃあ、ほんとにありがとうございました。おやすみなさい」
「ああ…」
その一言を聞くと顔も見ず車を降りた。
ガラス越しに目が合った高島さんに会釈をすると静かに車が走り出す。
赤いテールランプが角を曲がって消えるまでその場で見送る。
早鐘を打つ心臓はまだ収まりそうになかった。