能ある鷹は恋を知らない
待ち合わせ時刻の10時まであと15分。
巨大すぎる建物に不安を感じながらもエントランスへと足を踏み入れた。
一歩中へ入ると巨大なシャンデリアにきらびやかな照明、鏡のように磨きあげられた大理石を思わせる床、その床の中央を走る深みのあるレッドカーペットが正面のカウンターに続いており、いかにも高級感が漂う内装だった。
カウンターにちらりと目を遣るとまた映画にでも出てきそうな執事然とした紳士がにこやかな表情のまま直立不動で待機していた。
「ほんとにここなの…」
行き交う人々は上品なスーツを纏い、時間が惜しいとばかりに大股に早足で歩き去るいかにもエリート感漂う男性や、一目でセレブだと分かるような高級ブランドに身を包んだご婦人。
私と年も変わらないような一般人らしき人を何人か見かけたのがせめてもの救いだ。でなければ今すぐにでも回れ右で逃げ出していた。
「いらっしゃいませ」
「あの、2階のカフェで待ち合わせしてるんですが…」
カウンターへ近付くと絶妙なタイミングできっちり30度の敬礼のあと穏やかな声に迎えられた。
ほっとするような安心感に少しだけ緊張が溶けた気がする。
「では左手の方向へお進みいただき、一番手前のエレベーターをご利用下さいませ」
「ありがとうございます」
言われた通りカーペットの続く左手へ歩くと、奥にはあまり見たことのない大きさのエレベーターホールが広がっていて、行き先ごとに分かれているようだった。
きっちり等感覚に並ぶエレベーターの扉はまるで近未来映画に出てくるような絵面だ。
「一番手前…」
ゆっくりエレベーターに向かっていると後ろから早足で迫ってくる革靴の音に気付いた。
と同時に肩にぶつかる衝撃。
「きゃ…っ」
「失礼」
バランスを崩したところを持ちこたえると、その人物は立ち止まることもなく大股で過ぎ去り、奥へ迷いなく進んでそのままタイミング良く到着したエレベーターに乗り込んで消えていった。
「もう、なんなのよ」
こっちを振り向くこともないってどういうこと?高そうなスーツ着て偉いのかもしれないけど。
これだから都会には住みたくなかったのに。
ぶつかられた時に一瞬匂った爽やかな香水の香りと、ちらりと見えた涼やかな横顔に心の中だけで悪態をついて手前のエレベーターに乗り込んだ。
「いらっしゃいませ。ご予約はされておりますか?」
カフェの入り口には女性が笑顔で立っていて、当然のようにそう言った。
そう言えばカードに『カフェに着いたら「長谷クリニック」と名乗ってください』と書いてあった。
「待ち合わせなんですが…長谷クリニックです」
仕事のできそうなポニーテールの女性は手元のファイルを確認したあと「かしこまりました。ご案内いたします」と笑顔で中へ入っていく。
ちらりとカフェの外を見ると若い女性がかなり列を作っていたようだった。
確かに日本初上陸のコーヒーらしいけど、そんなに並んでまで飲みたいものかな。
田舎育ちで話題のカフェに並んだ経験などない私には理解できない感覚だった。
「こちらになります」
店内はホテルのラウンジと言っても差し支えのないようなゆったりとした雰囲気で見るからに座り心地の良さそうなソファセットがそこらに並べられていた。
一つ一つの間隔が広めに設けられており、落ち着いて話をするのには十分だ。
その一角、案内されたところには一人掛けのソファが丸テーブルを挟んで対面に設置され、こっちに背を向ける側に人が座っていた。
「ごゆっくりどうぞ」と店員は去っていく。
その声を聞いて席の人物が立ち上がった。
「初めまして、長谷クリニックの院長の長谷望未です」
女性ばかりの医院だったはずなのに、院長を名乗るその人物はメガネを掛けて微笑む若い男性だった。
巨大すぎる建物に不安を感じながらもエントランスへと足を踏み入れた。
一歩中へ入ると巨大なシャンデリアにきらびやかな照明、鏡のように磨きあげられた大理石を思わせる床、その床の中央を走る深みのあるレッドカーペットが正面のカウンターに続いており、いかにも高級感が漂う内装だった。
カウンターにちらりと目を遣るとまた映画にでも出てきそうな執事然とした紳士がにこやかな表情のまま直立不動で待機していた。
「ほんとにここなの…」
行き交う人々は上品なスーツを纏い、時間が惜しいとばかりに大股に早足で歩き去るいかにもエリート感漂う男性や、一目でセレブだと分かるような高級ブランドに身を包んだご婦人。
私と年も変わらないような一般人らしき人を何人か見かけたのがせめてもの救いだ。でなければ今すぐにでも回れ右で逃げ出していた。
「いらっしゃいませ」
「あの、2階のカフェで待ち合わせしてるんですが…」
カウンターへ近付くと絶妙なタイミングできっちり30度の敬礼のあと穏やかな声に迎えられた。
ほっとするような安心感に少しだけ緊張が溶けた気がする。
「では左手の方向へお進みいただき、一番手前のエレベーターをご利用下さいませ」
「ありがとうございます」
言われた通りカーペットの続く左手へ歩くと、奥にはあまり見たことのない大きさのエレベーターホールが広がっていて、行き先ごとに分かれているようだった。
きっちり等感覚に並ぶエレベーターの扉はまるで近未来映画に出てくるような絵面だ。
「一番手前…」
ゆっくりエレベーターに向かっていると後ろから早足で迫ってくる革靴の音に気付いた。
と同時に肩にぶつかる衝撃。
「きゃ…っ」
「失礼」
バランスを崩したところを持ちこたえると、その人物は立ち止まることもなく大股で過ぎ去り、奥へ迷いなく進んでそのままタイミング良く到着したエレベーターに乗り込んで消えていった。
「もう、なんなのよ」
こっちを振り向くこともないってどういうこと?高そうなスーツ着て偉いのかもしれないけど。
これだから都会には住みたくなかったのに。
ぶつかられた時に一瞬匂った爽やかな香水の香りと、ちらりと見えた涼やかな横顔に心の中だけで悪態をついて手前のエレベーターに乗り込んだ。
「いらっしゃいませ。ご予約はされておりますか?」
カフェの入り口には女性が笑顔で立っていて、当然のようにそう言った。
そう言えばカードに『カフェに着いたら「長谷クリニック」と名乗ってください』と書いてあった。
「待ち合わせなんですが…長谷クリニックです」
仕事のできそうなポニーテールの女性は手元のファイルを確認したあと「かしこまりました。ご案内いたします」と笑顔で中へ入っていく。
ちらりとカフェの外を見ると若い女性がかなり列を作っていたようだった。
確かに日本初上陸のコーヒーらしいけど、そんなに並んでまで飲みたいものかな。
田舎育ちで話題のカフェに並んだ経験などない私には理解できない感覚だった。
「こちらになります」
店内はホテルのラウンジと言っても差し支えのないようなゆったりとした雰囲気で見るからに座り心地の良さそうなソファセットがそこらに並べられていた。
一つ一つの間隔が広めに設けられており、落ち着いて話をするのには十分だ。
その一角、案内されたところには一人掛けのソファが丸テーブルを挟んで対面に設置され、こっちに背を向ける側に人が座っていた。
「ごゆっくりどうぞ」と店員は去っていく。
その声を聞いて席の人物が立ち上がった。
「初めまして、長谷クリニックの院長の長谷望未です」
女性ばかりの医院だったはずなのに、院長を名乗るその人物はメガネを掛けて微笑む若い男性だった。