能ある鷹は恋を知らない
「ん…」

窓から射し込む光に目を開ける。
見知らぬ天井。やたらとスプリングの効いた柔らかいベッドの上。

そうだ、昨日高島さんと…。

身体中の気だるさに昨夜の情事が甦って顔が赤くなる。
シーツにくるまれた肌は何一つ身に付けていない。
広すぎるベッドの隣を見ると高島さんがまだ夢の中だった。

「無防備…」

普段では考えられない高島さんの無防備姿がかわいく思えてつい前髪に手を伸ばした。

やっぱりすごく綺麗な顔。こんな無邪気な表情なら可愛いげもあるのに。

一夜開けると心の思うまま勢いで過ごした時間に考えが巡る。

私はこの人が好きだ。
でも、高島さんはどうなのか分からない。
昨日だってただ慰めてくれただけといえばそれだけのこと。
本心を聞くのが怖い。
あの真っ直ぐな目で「勘違いするな」なんて言われたら立ち直れない。
シーツを握りしめる手に力が入る。

このまま、帰ろう。

そっとベッドを抜け出して衣服を手早く身につける。
高島さんを起こさないようになるべく物音を立てないように部屋を出た。

高級ホテルの廊下。
まだ朝も早い時間で人影もない。
急いでエレベーターホールへと向かった。
ホテル専用エレベーターで一気にエントランスまで降りる。

誰にも会いませんように。
まさかこんなところに知り合いができるなんて少し前までは思いもしなかった。
とにかく、ここさえ出てしまえば。

そのとき、入り口に見知った顔が見えた。
背筋の伸びた歩き方、艶のある黒髪。

間違いない、御堂さんだ。

顔を隠すように通り過ぎようとしたが、印象的な大きな目が私を見たのが分かった。

「あら…鮎沢さん、だったかしら」
「あ、…おはようございます」
「休日にクリニックへ?」
「はい、ちょっと忘れ物をして」
「…随分早起きなのね」
「少し、目が覚めてしまって。あ、すみません、ちょっと急ぎですので失礼します」

疑いを滲ませる表情から逃げるようにビルを出る。
ちょっと強引だったかと思いながら足早に駅へ向かった。

自分の気持ちがどんどん複雑になっていく気がする。
高島さんが好きで抱き合って満たされたはずなのに。
もっと特別になりたい。好きになってほしいって思ってる。
側にいたいはずなのに、現実から目を背けたくて勝手に出てきたりして。

気持ちと行動が伴わない。
また弱さに逃げてしまう。
このままじゃだめだと思ってるのに。

朝陽が昇る街並みを見ながら、地下鉄のホームへと降りていった。

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