能ある鷹は恋を知らない
週明けの月曜。ビルを前にすると土曜日のことが頭をもたげて少し憂鬱な気分になったけれど、頭を切り替えてクリニックに出勤した。

「おはよう鮎沢ちゃん」
「おはようございます」
「……」
「…何か?」

じっと私を見つめる院長は何かを考えるように黙ったままだった。
その視線に耐えきれなくて口を開く。

「何かあった?」
「え…」

どきりとした。何かあったと聞かれればあったには違いない。しかしそんなこと言えるはずがない。

「いえ…別に何も」
「ふーん」
「…準備してきます」

その視線から逃れるように担当スペースへと移動する。
変なところで鋭い。
あの目に見られると見透かされそうで怖くなる。
そういえば高島さんの目もそんな印象がある。

ふと高島さんにベッドの上で見下ろされた目を思い出して頭を降った。
今そんなことを考えてる場合じゃない。
仕事に切り替えないと。
気合いを入れ直すようにぺちぺちと頬を叩いた。

高島さんのことは仕事が終わってからゆっくり考えよう。

そう思っていたのに。

「高島さん…」
「気分は晴れたみたいだな」

まさか午前中にクリニックに現れるなんて。
心なしか機嫌が悪そうにも見える。
それってこの間のことが原因だったりするのだろうか。
ああもう、今そのことは考えないって決めたのに。

「土曜日は…」
「あ、高島くんやっと来たね」

高島さんの言葉にひやりとした瞬間、院長が現れた。
その場から逃げるようにカルテを受付に置き、担当スペースに戻った。

どんな顔すればいいか分からない。
あんなことして、逃げるように出てきたのに。
どうしてこんな時に限ってクリニックに来たのよ。

混乱する頭を深呼吸して落ち着かせる。

でも、やっぱり顔見ただけでドキドキする。
普通にしてなきゃダメなのに…。

「入れと言われたが」
「ひゃっ」
「…どんな声だ」
「す、すみません、びっくりして…。座ってください」

怪訝そうな顔をしながら高島さんがスーツの上着を脱いでチェアに腰かける。

「どうして勝手に出ていった」
「…予定が、あって」
「きみはいつもそれだな」
「…エプロンかけますね」

首に手を回した瞬間、手首を掴まれる。

「今日の夜話せないか」
「…何をですか」
「きみが何を考えているのか分からない」
「高島さんには感謝…してます」
「そんなことが聞きたい訳じゃない」
「…離してください」
「今夜仕事が終わったら上のバーに来てくれ」

握られた手から体温が伝わるようで鼓動が早くなっていく。
返事をしようとしたそのとき、高い声と共にスペースにもう一人現れた。

「あら、やっぱり来てたのね穂積」

そこにはスーツを来た御堂さんが立っていた。
赤いリップでいつものように微笑む彼女はちらりと私を一瞥したあと、高島さんの前に回った。

「由加梨」

お互いを名前で呼び合う二人に胸の奥が鈍く痛んだ。

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