能ある鷹は恋を知らない
「今日は朝一で会社って聞いたから上行ったのに居ないじゃない。熊沢さんに聞いて来たのよ」
「何しにきた」
「何って、会議のこと忘れてそうだから呼びに来たのよ」
「忘れるわけがないだろう。お前も上で待っていろ」
「せっかく来てあげたのに。まあいいわ、エプロンつけた可愛い穂積が見れたし。じゃあ鮎沢さん、穂積のことよろしくね」
「…はい」
私を見て通りすぎた彼女は勝ち誇ったような顔をしていた。
まるで高島さんが自分なものみたいな言い方で。
胸の中にもやもやが広がっていく。
高島さんとどんな関係なんだろう。
聞きたいけど怖い。
「じゃあ、始めますね」
今は衛生士としての仕事をやるだけ。
自分に言い聞かせるように作業に集中した。
「はい、高島くん終了。今日でもう来なくて大丈夫」
「そうか」
「良かったですね、治療終わって」
「ああ。今夜、忘れるなよ」
「高島さんっ」
わざとらしい院長の前で言わなくても。
突っ込まれるのが面倒なのに。
「あれ、今日もデート?順調なんだ」
「そんなんじゃありません」
ほらきた。だから嫌だったのに。
高島さんに抗議の目を向けるが全く気にしない様子で上着を羽織っていた。
「では失礼する」
「お大事に」
早々と出ていった高島さんの後を見つめる。
「やっぱり好きになったとか」
「…違います」
「そんな顔して言われてもね」
「どんな顔もしてません」
院長のからかいをあしらいながら次の準備をする。
するとチェアの脇にカードケースが落ちていることに気付いた。
このカードケース…高島さんのだ。
車の中で名刺を渡されたときのことを思い出す。
拾い上げてポケットに入れた。
今日、これを渡しに行けばいいか。
高島さんに会いに行くための自分への言い訳を手に入れてほっと息をつく。
と同時に自分の情けなさに気分が落ち込む。
好きな気持ちは自覚しているのになんでこんな言い訳ばっかり重ねないと会うことすらできないのか。
せっかく向こうから誘ってくれてるのに素直に喜べないなんてつくづく可愛くない女だ。
自分へのため息を吐き出し、仕事に取り掛かった。
待合室から聞いたことのある声が聞こえたのはしばらくしてだった。
舞子が怪訝な顔でスペースに入ってくる。
「鮎沢さん、院長が呼んでるけど…なんか、先生っぽい人が来てるみたい」
「先生?…分かった、すぐ行くね」
いまいち状況が読み込めないまま待合室へ出ると、院長と大声で会話する教授の姿が会った。
間違いなく学会で会った教授だ。
院長が私に気付いて手招きする。
「鮎沢さん、先生がわざわざ立ち寄ってくださったよ」
「あ、こんにちは…」
あいまいな笑顔で二人に近寄る。
そうだ、この人の前では院長の婚約者ということになっていた。
「やはり可愛らしいね、長谷くんのお嫁さんは。二人とも白衣がお似合いだ」
よりによってこんなところでそんな単語を。
舞子の怪訝な顔はこれか。
「ありがとうございます、先生にうちのクリニックを見ていただけて嬉しいです。ね、鮎沢さん」
「は、はい…」
その肩に置いた手を離してほしい。
患者さんに誤解されるじゃない。
私の無言の訴えを無視して院長は和やかに会話を続ける。
「じゃあ私はこれで失礼するよ。たまたま近くに用事があってこれから会議なんだ」
「お忙しいところわざわざありがとうございました」
「いいんだよ、未来の夫婦の仲睦まじい様子が見れて良かったよ、では。おっと、失礼」
「ありがとうございました」
お辞儀をして顔を上げた瞬間、教授と入れ替わりに入ってきたのはまさかの高島さんだった。
明らかに今の会話を聞かれていたようで、その顔には驚きが浮かんでいた。
「何しにきた」
「何って、会議のこと忘れてそうだから呼びに来たのよ」
「忘れるわけがないだろう。お前も上で待っていろ」
「せっかく来てあげたのに。まあいいわ、エプロンつけた可愛い穂積が見れたし。じゃあ鮎沢さん、穂積のことよろしくね」
「…はい」
私を見て通りすぎた彼女は勝ち誇ったような顔をしていた。
まるで高島さんが自分なものみたいな言い方で。
胸の中にもやもやが広がっていく。
高島さんとどんな関係なんだろう。
聞きたいけど怖い。
「じゃあ、始めますね」
今は衛生士としての仕事をやるだけ。
自分に言い聞かせるように作業に集中した。
「はい、高島くん終了。今日でもう来なくて大丈夫」
「そうか」
「良かったですね、治療終わって」
「ああ。今夜、忘れるなよ」
「高島さんっ」
わざとらしい院長の前で言わなくても。
突っ込まれるのが面倒なのに。
「あれ、今日もデート?順調なんだ」
「そんなんじゃありません」
ほらきた。だから嫌だったのに。
高島さんに抗議の目を向けるが全く気にしない様子で上着を羽織っていた。
「では失礼する」
「お大事に」
早々と出ていった高島さんの後を見つめる。
「やっぱり好きになったとか」
「…違います」
「そんな顔して言われてもね」
「どんな顔もしてません」
院長のからかいをあしらいながら次の準備をする。
するとチェアの脇にカードケースが落ちていることに気付いた。
このカードケース…高島さんのだ。
車の中で名刺を渡されたときのことを思い出す。
拾い上げてポケットに入れた。
今日、これを渡しに行けばいいか。
高島さんに会いに行くための自分への言い訳を手に入れてほっと息をつく。
と同時に自分の情けなさに気分が落ち込む。
好きな気持ちは自覚しているのになんでこんな言い訳ばっかり重ねないと会うことすらできないのか。
せっかく向こうから誘ってくれてるのに素直に喜べないなんてつくづく可愛くない女だ。
自分へのため息を吐き出し、仕事に取り掛かった。
待合室から聞いたことのある声が聞こえたのはしばらくしてだった。
舞子が怪訝な顔でスペースに入ってくる。
「鮎沢さん、院長が呼んでるけど…なんか、先生っぽい人が来てるみたい」
「先生?…分かった、すぐ行くね」
いまいち状況が読み込めないまま待合室へ出ると、院長と大声で会話する教授の姿が会った。
間違いなく学会で会った教授だ。
院長が私に気付いて手招きする。
「鮎沢さん、先生がわざわざ立ち寄ってくださったよ」
「あ、こんにちは…」
あいまいな笑顔で二人に近寄る。
そうだ、この人の前では院長の婚約者ということになっていた。
「やはり可愛らしいね、長谷くんのお嫁さんは。二人とも白衣がお似合いだ」
よりによってこんなところでそんな単語を。
舞子の怪訝な顔はこれか。
「ありがとうございます、先生にうちのクリニックを見ていただけて嬉しいです。ね、鮎沢さん」
「は、はい…」
その肩に置いた手を離してほしい。
患者さんに誤解されるじゃない。
私の無言の訴えを無視して院長は和やかに会話を続ける。
「じゃあ私はこれで失礼するよ。たまたま近くに用事があってこれから会議なんだ」
「お忙しいところわざわざありがとうございました」
「いいんだよ、未来の夫婦の仲睦まじい様子が見れて良かったよ、では。おっと、失礼」
「ありがとうございました」
お辞儀をして顔を上げた瞬間、教授と入れ替わりに入ってきたのはまさかの高島さんだった。
明らかに今の会話を聞かれていたようで、その顔には驚きが浮かんでいた。