能ある鷹は恋を知らない

Framboise and Soda

「行ってくる」
「ん…高島さん…」
「まだ寝てていい。無理をさせたな」

優しい手が頭を撫でられ、チュッと音を立ててキスが落とされる。

上体を起こすと、スーツの上着を羽織った恋人が振り向いた。

「カードキーは置いてある。ゆっくりしていけ」
「はい、行ってらっしゃい…」
「ああ」

そう言って高島さんはリビングルームを通り、部屋を出ていった。
ベッドサイドの時計を確認するとまだ朝の7時。
日曜の朝くらいもう少しゆっくりしてもいいかとまだ温かいシーツに潜り込む。

夕べは優しい恋人との久しぶりの逢瀬。
自然と長くなる夜にもう無理だと懇願するほど愛された身体と心は満たされていた。
そして休日に温かいベッドに包まれる幸せ。

「すぐ寝れそう…」

夕方まで会議らしく、休日出勤が常態化しつつある恋人には申し訳ないけれど、もう少しだけ惰眠を貪ろうかと目を閉じる。
夢と現実の狭間を漂っていると、スマートフォンのコール音で急速に現実に呼び戻された。

画面を見ると先ほど出ていったはずの恋人の名前。

「高島さん?」
『ああ、起こしてすまない。カウンターの上にファイルが置いてないか見てくれないか』
「はい、ちょっと待ってくださいね」

何も纏っていない肌にシーツだけ巻き付けてリビングルームへ出ていく。
簡易的なバーにもなるスツールが並べられたカウンターを見ると、黒いファイルが置きっぱなしになっているのが見えた。

「あ、ありました。黒のですよね」
『それだ。分かった後で…ああ、それは確認中だと言っただろ…すまない、後で取りに行く』

電話の後ろで会話をするほど忙しい様子にすっかり目が冴えてしまう。

「高島さん、何時に必要ですか?私持っていきます」
『急ぎではないんだが、昼には欲しい。頼めるか』
「分かりました。身支度したら持っていきます」
『すまない。助かる』

そして電話が切れた。

分かってはいたけど、ほんとに忙しい人なんだ。
そんな中ちゃんと私に時間を使ってくれる。
こんなことしか私にはできないけど。

「いい天気」

カーテンを開けて都会の街を見下ろす。
不思議とこの無秩序な大きさも見慣れてきたかもしれない。
伸びをしてからこれからの行動に予定を立てた。

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