能ある鷹は恋を知らない
番外編・長谷望未の事情
Mojito
生まれたときから親父は成功者で、何かに不自由したことはなかった。
そして別に自慢するつもりもないが昔から勉強や運動を苦手に思ったことはなく、成績も学年一桁が当たり前だったし、体育祭や球技大会では陸上部やその種目の運動部の奴らと同じように期待され、それに応えてきた。
女にも不自由したことはない。家のことを加味するまでもなく俺の顔は女ウケが良かったらしく常に選択者だった。
結局親父のホテル経営には興味が持てず、兄が継ぐというので医者の道を選んだ。
とにかく早く開業できる楽な分野がいい。
という思いから選んだ歯科医だったが、医学生時代に思いの外面白くなってきて口腔外科のライセンスも取ってしまった。
開業に当たっては身内の経営する『コンチネンタル・ガーデンホテル』に年間契約で住んでいることもあり、"B.C.square TOKYO"に決めた。
そうは言ってもようやく空いたテナントの倍率はものすごかったし価格も半端ではなかった。
しかしそれに見合うだけの価値を"B.C.square TOKYO"は持っている。
面倒だと思ったのは金目当ての女だ。
たかが日本初出店というだけの2階のカフェにすら年収ウン千万の男を狙おうと毎日毎日飽きもせず行列を作る。
一度カフェに入って知らない女に相席を懇願されてからは利用しなくなったがいつの間にか一般客とビルの従業員にフロアが分離され、一般客に至っては完全予約制になっていたことには驚きを通り越して呆れた。
そんな経緯もあり、クリニックを開業する際に求人にはかなり事実と異なる内容を掲載することに決めた。
その内容で掲示していると都会にあって驚くほど求人への応募は少なかった。
開業して半年、あと一人衛生士が欲しいと思って出した求人に応募してきたのが、鮎沢芹香だった。
基本的に採用面接とレセプト処理などの事務で働いてもらっている山田さん曰く、「あんな真面目で良い子そうなお嬢さんを騙すみたいで申し訳なかったわ」とのこと。
実際に会って、「なるほど」と思った。
気の強そうな大きな目。一見地味にも見えるが素材は悪くない。
この見た目のおかげで第一印象から警戒心をもたれることはほとんどないが、彼女は俺が男であるというのが気にかかっていたのか怪訝そうに俺を見ていた。
「実は求人で出してた内容だけど、いくつか訂正がある。それを今から説明する」
そう言って求人で出していた条件と事実の違いを説明していくと、彼女の顔からどんどん働く意思が薄れていくのが分かる。
「実はそんな掲載を出したのにはわけがある。この上で働く奴の年収を知ってるか」
「は?」
その呆気にとられたような、何言ってんだこいつ、みたいな表情に思わず笑ってしまった。
「くく…そんなもん知るかって顔だな」
図星を当てられたのか彼女は誤魔化すようにコーヒーをくるくると混ぜ始める。
そしていかに男目当ての女が多いかを具体的な年収と共に説明すると、彼女の顔は信じられないという表情になっていった。
「カフェくらいあんな女どもがいてもどうでもいいが、自分のクリニックにあんな人間を雇いたくはない。そこでちょっとばかり求人広告に事実とは違う掲載をしてる」
「…大変ですね」
「他人事のように言うけど、俺はきみを口説いてるつもりだ」
「えっ」
まるで予想外とでも言うように大きな目がさらに見開かれる。
「田舎から出てきて都会への憧れもなし、ハイスペックな男にもセレブ生活にも願望がないようだし、同僚が女性だけの方がいいんだろ」
「だから、私にはちょっと荷が重いというか…」
「あと一つ、訂正を忘れてた」
それでも山田さんから応募理由を聞いていた俺は、乗り気でない彼女の心を揺らすことができる条件を持っていた。
「給料は求人広告で出してた額の二倍だ」
彼女の表情を見て確信していた。
三人目は鮎沢芹香で決まりだ。
そして別に自慢するつもりもないが昔から勉強や運動を苦手に思ったことはなく、成績も学年一桁が当たり前だったし、体育祭や球技大会では陸上部やその種目の運動部の奴らと同じように期待され、それに応えてきた。
女にも不自由したことはない。家のことを加味するまでもなく俺の顔は女ウケが良かったらしく常に選択者だった。
結局親父のホテル経営には興味が持てず、兄が継ぐというので医者の道を選んだ。
とにかく早く開業できる楽な分野がいい。
という思いから選んだ歯科医だったが、医学生時代に思いの外面白くなってきて口腔外科のライセンスも取ってしまった。
開業に当たっては身内の経営する『コンチネンタル・ガーデンホテル』に年間契約で住んでいることもあり、"B.C.square TOKYO"に決めた。
そうは言ってもようやく空いたテナントの倍率はものすごかったし価格も半端ではなかった。
しかしそれに見合うだけの価値を"B.C.square TOKYO"は持っている。
面倒だと思ったのは金目当ての女だ。
たかが日本初出店というだけの2階のカフェにすら年収ウン千万の男を狙おうと毎日毎日飽きもせず行列を作る。
一度カフェに入って知らない女に相席を懇願されてからは利用しなくなったがいつの間にか一般客とビルの従業員にフロアが分離され、一般客に至っては完全予約制になっていたことには驚きを通り越して呆れた。
そんな経緯もあり、クリニックを開業する際に求人にはかなり事実と異なる内容を掲載することに決めた。
その内容で掲示していると都会にあって驚くほど求人への応募は少なかった。
開業して半年、あと一人衛生士が欲しいと思って出した求人に応募してきたのが、鮎沢芹香だった。
基本的に採用面接とレセプト処理などの事務で働いてもらっている山田さん曰く、「あんな真面目で良い子そうなお嬢さんを騙すみたいで申し訳なかったわ」とのこと。
実際に会って、「なるほど」と思った。
気の強そうな大きな目。一見地味にも見えるが素材は悪くない。
この見た目のおかげで第一印象から警戒心をもたれることはほとんどないが、彼女は俺が男であるというのが気にかかっていたのか怪訝そうに俺を見ていた。
「実は求人で出してた内容だけど、いくつか訂正がある。それを今から説明する」
そう言って求人で出していた条件と事実の違いを説明していくと、彼女の顔からどんどん働く意思が薄れていくのが分かる。
「実はそんな掲載を出したのにはわけがある。この上で働く奴の年収を知ってるか」
「は?」
その呆気にとられたような、何言ってんだこいつ、みたいな表情に思わず笑ってしまった。
「くく…そんなもん知るかって顔だな」
図星を当てられたのか彼女は誤魔化すようにコーヒーをくるくると混ぜ始める。
そしていかに男目当ての女が多いかを具体的な年収と共に説明すると、彼女の顔は信じられないという表情になっていった。
「カフェくらいあんな女どもがいてもどうでもいいが、自分のクリニックにあんな人間を雇いたくはない。そこでちょっとばかり求人広告に事実とは違う掲載をしてる」
「…大変ですね」
「他人事のように言うけど、俺はきみを口説いてるつもりだ」
「えっ」
まるで予想外とでも言うように大きな目がさらに見開かれる。
「田舎から出てきて都会への憧れもなし、ハイスペックな男にもセレブ生活にも願望がないようだし、同僚が女性だけの方がいいんだろ」
「だから、私にはちょっと荷が重いというか…」
「あと一つ、訂正を忘れてた」
それでも山田さんから応募理由を聞いていた俺は、乗り気でない彼女の心を揺らすことができる条件を持っていた。
「給料は求人広告で出してた額の二倍だ」
彼女の表情を見て確信していた。
三人目は鮎沢芹香で決まりだ。