能ある鷹は恋を知らない
半ば騙すような形にはなり、俺に対して警戒心を抱いたままではあるが、鮎沢芹香はクリニックで働くことを了承した。

やはり性格なのか仕事は文句のつけようのないくらい真面目で丁寧、患者への対応も申し分ない。
加えて俺には少し警戒しているような態度もまたからかいがいがあり、面白いおもちゃを見つけたときのように久しぶりに楽しい気分だった。

そして来週の土曜日に控えていた学会のことを思い出したとき、俺の頭にはあるシナリオが浮かぶ。

学生時代から世話になった教授はその道では優秀な人だったものの、30歳を越えた頃から何かにつけては縁談を持ってくることが鬱陶しくてたまらなかった。

学会を半分仕事だと彼女には詳細を伏せて呼び出し、当日閉会後に教授の元へ向かった。

当たり障りのない会話をしたあと、教授の視線が彼女に向けられたタイミングを見計らって俺は告げる。

「ああ、先生紹介が遅れました。こちら僕が結婚前提にお付き合いをしている鮎沢芹香さんです」

呆然とする彼女の背中をポンと促すと空気を読んだ彼女が挨拶をする。

これでもう縁談を持って来られることもない。
彼女へのちょっとした悪戯と面倒が解決したということで心が軽くなった気分のまま教授を見送ると、俺とは正反対に怒り心頭といった顔で彼女が詰め寄ってきた。

「院長どういうことですか。納得のいく説明をお願いします」

予想通りの言葉を聞き流しながら時間を確認する。
着替えさせて食事に行くのにはちょうどいい時間だった。

素材の良い彼女を本気で着飾ってみればどうなるのか。
それは悪戯の続き、単なる好奇心だったはずだった。


「お待たせいたしました、素材がとてもよくて思わず張り切ってしまいましたわ」

店員に促されて視線を遣った瞬間、息が止まった。

正直、予想以上の出来映えだった。

「や、やっぱり私にはこんなの…」

恥ずかしそうに頬を紅潮させる彼女の表情一つも印象が違う。

「いやーきみはほんと俺の予想を超えてくるね」

くく、と笑いが込み上げてくる。
こんな逸材だったなんて。
なんて面白い女だ。

恐らく初めての体験だろう戸惑う彼女の右手を取り、自然な動きで指に口づけた。

「…っ!な、なにを…っ」

焦った彼女の頬がさらに紅潮していくが、それすらも俺の高揚した気分を高めるだけだ。

「思わずこうさせるきみが悪いよ」
「な、もう、離してください!」
「化けるかなとは思ったけど、正直ここまでとは思わなかった」

正直な感想を述べると彼女は恥ずかしそうに目を泳がせて俯いた。
そういう顔は嗜虐心を煽るだけだなんて思いもしていないだろう彼女は精一杯というように反論した。

「どうせ普段は地味です」

珍しいほど純粋な反応が楽しくてもっと虐めたくなる。

「責任もって俺の目にも楽しいディナーにしてくれないとね」
「…プレッシャーかけないでください」

店を出てそのまま食事に行くと思っていなかったらしく、ドレスコードについて説明すると彼女はしおらしくなり、それを良いことにエスコートするよう彼女の腕を引く。

店についてどんな顔をするのか思っていたより楽しみになっていた。

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