能ある鷹は恋を知らない
「おはよう鮎沢ちゃん」
「おはようございます」
それからしばらく経ったころ、週明けに出勤してきた彼女の雰囲気に違和感を抱いた。
「……」
「…何か?」
決定的な何かと言うわけではなく。
それは自分の抱いている彼女に対する曖昧な気持ちの変化なのか、彼女自身の変化なのか分からなかった。
「何かあった?」
「え…」
その反応で変化があったのは彼女自身だと確信する。
「いえ…別に何も」
「ふーん」
「…準備してきます」
逃げるように去っていく彼女に心の中の不透明なものが苛立ちに形を変えた。
それは彼の姿を目にしてそれはさらにはっきりとした感情になる。
「はい、高島くん終了。今日でもう来なくて大丈夫」
治療過程を全て終えてその旨をカルテに書き込む。
その後ろで二人の会話が耳に入ってきた。
「良かったですね、治療終わって」
「ああ。今夜、忘れるなよ」
「高島さんっ」
とことん俺を牽制しないと気が済まない男だ。
彼が去ったあと、からかうように彼女に問う。
「やっぱり好きになったとか」
「…違います」
「そんな顔して言われてもね」
「どんな顔もしてません」
どうしてそんなに自分の感情を押し殺すような顔をするのか。
そんな彼女の表情にも何故か苛立ちが募った。
「これ、よろしく」
受付にカルテを渡すと、ちょうど入口の扉を入ってきた顔に気付き、瞬間的に笑顔を作った。
「教授、来てくださったんですか」
「ああ、長谷くんたまたま時間が出来てな。良いクリニックじゃないか」
連絡一つ先に入れることもできないのか。
なんてちょっとした本音は完全な笑顔で隠し去る。
受付から見ている金塚舞子に耳打ちして彼女を呼びに行かせた。
すぐに待合室に顔を覗かせた彼女を手招きで呼ぶ。
「鮎沢さん、先生がわざわざ立ち寄ってくださったよ」
状況を察した彼女はすぐに挨拶をしようと近付いて来た。
「あ、こんにちは…」
「やはり可愛らしいね、長谷くんのお嫁さんは。二人とも白衣がお似合いだ」
「ありがとうございます、先生にうちのクリニックを見ていただけて嬉しいです。ね、鮎沢さん」
「は、はい…」
あえて彼女の肩に手を置いて見せる。
視線で訴える彼女の抗議を流しながら、当たり障りのない会話を切り上げるべく「お時間大丈夫ですか」とさりげない動作で時計に目を遣った。
「じゃあ私はこれで失礼するよ。たまたま近くに用事があってこれから会議なんだ」
「お忙しいところわざわざありがとうございました」
そこで教授の背後、扉の向こうから彼が近付いてくるのが見えた。
「いいんだよ、未来の夫婦の仲睦まじい様子が見れて良かったよ、では。おっと、失礼」
「ありがとうございました」
彼女は気付かずに教授に向けて腰を折り、顔を上げてその表情を凍りつかせた。
「おはようございます」
それからしばらく経ったころ、週明けに出勤してきた彼女の雰囲気に違和感を抱いた。
「……」
「…何か?」
決定的な何かと言うわけではなく。
それは自分の抱いている彼女に対する曖昧な気持ちの変化なのか、彼女自身の変化なのか分からなかった。
「何かあった?」
「え…」
その反応で変化があったのは彼女自身だと確信する。
「いえ…別に何も」
「ふーん」
「…準備してきます」
逃げるように去っていく彼女に心の中の不透明なものが苛立ちに形を変えた。
それは彼の姿を目にしてそれはさらにはっきりとした感情になる。
「はい、高島くん終了。今日でもう来なくて大丈夫」
治療過程を全て終えてその旨をカルテに書き込む。
その後ろで二人の会話が耳に入ってきた。
「良かったですね、治療終わって」
「ああ。今夜、忘れるなよ」
「高島さんっ」
とことん俺を牽制しないと気が済まない男だ。
彼が去ったあと、からかうように彼女に問う。
「やっぱり好きになったとか」
「…違います」
「そんな顔して言われてもね」
「どんな顔もしてません」
どうしてそんなに自分の感情を押し殺すような顔をするのか。
そんな彼女の表情にも何故か苛立ちが募った。
「これ、よろしく」
受付にカルテを渡すと、ちょうど入口の扉を入ってきた顔に気付き、瞬間的に笑顔を作った。
「教授、来てくださったんですか」
「ああ、長谷くんたまたま時間が出来てな。良いクリニックじゃないか」
連絡一つ先に入れることもできないのか。
なんてちょっとした本音は完全な笑顔で隠し去る。
受付から見ている金塚舞子に耳打ちして彼女を呼びに行かせた。
すぐに待合室に顔を覗かせた彼女を手招きで呼ぶ。
「鮎沢さん、先生がわざわざ立ち寄ってくださったよ」
状況を察した彼女はすぐに挨拶をしようと近付いて来た。
「あ、こんにちは…」
「やはり可愛らしいね、長谷くんのお嫁さんは。二人とも白衣がお似合いだ」
「ありがとうございます、先生にうちのクリニックを見ていただけて嬉しいです。ね、鮎沢さん」
「は、はい…」
あえて彼女の肩に手を置いて見せる。
視線で訴える彼女の抗議を流しながら、当たり障りのない会話を切り上げるべく「お時間大丈夫ですか」とさりげない動作で時計に目を遣った。
「じゃあ私はこれで失礼するよ。たまたま近くに用事があってこれから会議なんだ」
「お忙しいところわざわざありがとうございました」
そこで教授の背後、扉の向こうから彼が近付いてくるのが見えた。
「いいんだよ、未来の夫婦の仲睦まじい様子が見れて良かったよ、では。おっと、失礼」
「ありがとうございました」
彼女は気付かずに教授に向けて腰を折り、顔を上げてその表情を凍りつかせた。