能ある鷹は恋を知らない
腕の中の小さくて温かい存在。
こんなにも彼女のことを欲していたのかと思うほど、抱き締めただけでまるで飢えの中にあって水を与えられたように満たされていく。
ただ、遅くも気付いたその気持ちは報われることはない。
「ん…っや」
震える手が精一杯の拒絶を示す。
分かってる。
無駄だって。
だけど。
「きみが好きだ」
「…っ」
どうしても、この気持ちが溢れて仕方ない。
苛立ちだと思っていた感情は言葉にするとこんな単純なものだった。
悪い。
困らせるだけなのは分かってて言ったんだ。
そんな顔、させたいわけじゃない。
「悪かった。忘れてくれ」
きみの記憶から俺の気持ちを消してくれ。
そうすることしか今はできない。
俺の中の感情は、しばらく燻ったままだろうから。
そのまま部屋へ戻った。
自分自身の行動に、客観的な自分が驚きを隠せない。
お前、そんな感情的な奴だったのか。
一方でコントロールのできない自分は根底に残る気持ちの影を見つめていた。
そんな時、コンコンとノックする音が聞こえると入ってきたのは彼女だった。
気持ちに波はない。
いつもの顔だったはずだ。
「院長…ありがとうございます」
気まずそうな顔をしたかと思うと勢いよく彼女が頭を下げる。
「なに、怒ってるかと思ったのに」
「こんな私を想っていただいて嬉しいです。でも、ごめんなさい。私、やっぱり高島さんのことが好きなんです」
言い切って俺を射抜く瞳。
ほんとに、真っ直ぐすぎて眩しいくらいだ。
いっそ、清々しいと思えて自然と口元が綻んだ。
「知ってる。もうほんと真面目でお堅いね、鮎沢ちゃんは。俺の方こそごめん」
「いえそんな…」
「出来れば、ここは続けてほしいけど」
「そんな、辞めるつもりありません!」
その言葉に心からほっとしていた。
個人的な理由、だけではなく彼女はここに必要な存在だった。
「それは良かった。ありがと。それじゃあ行っといで」
それが聞けたから、快く送り出してあげたくなった。
「え?」
「決意した顔してるから。会いに行くんだろ」
目を見張った彼女の表情がみるみる笑顔に変わっていく。
「はい。行ってきます。お疲れさまです」
「お疲れさま」
扉が閉まり、彼女が視界から消える。
30も半ばに差し掛かろうというのに、こんな学生みたいな恋愛をするなんて。
自分自身に呆れと笑いが込み上げる。
「え…」
ふと頬を伝ったものに驚きすぎて声が出た。
こんなの、何年ぶりだ。
一瞬動揺したものの、自分自身の感情がこんなにコントロールできないものだったことに笑えてくる。
「…まだ恋愛とかしたかったんだな、俺」
長らく意識しなかった甘酸っぱい単語に、たまにはそんなものも良いのかも知れないなんて、らしくないことを思った。
-fin-
こんなにも彼女のことを欲していたのかと思うほど、抱き締めただけでまるで飢えの中にあって水を与えられたように満たされていく。
ただ、遅くも気付いたその気持ちは報われることはない。
「ん…っや」
震える手が精一杯の拒絶を示す。
分かってる。
無駄だって。
だけど。
「きみが好きだ」
「…っ」
どうしても、この気持ちが溢れて仕方ない。
苛立ちだと思っていた感情は言葉にするとこんな単純なものだった。
悪い。
困らせるだけなのは分かってて言ったんだ。
そんな顔、させたいわけじゃない。
「悪かった。忘れてくれ」
きみの記憶から俺の気持ちを消してくれ。
そうすることしか今はできない。
俺の中の感情は、しばらく燻ったままだろうから。
そのまま部屋へ戻った。
自分自身の行動に、客観的な自分が驚きを隠せない。
お前、そんな感情的な奴だったのか。
一方でコントロールのできない自分は根底に残る気持ちの影を見つめていた。
そんな時、コンコンとノックする音が聞こえると入ってきたのは彼女だった。
気持ちに波はない。
いつもの顔だったはずだ。
「院長…ありがとうございます」
気まずそうな顔をしたかと思うと勢いよく彼女が頭を下げる。
「なに、怒ってるかと思ったのに」
「こんな私を想っていただいて嬉しいです。でも、ごめんなさい。私、やっぱり高島さんのことが好きなんです」
言い切って俺を射抜く瞳。
ほんとに、真っ直ぐすぎて眩しいくらいだ。
いっそ、清々しいと思えて自然と口元が綻んだ。
「知ってる。もうほんと真面目でお堅いね、鮎沢ちゃんは。俺の方こそごめん」
「いえそんな…」
「出来れば、ここは続けてほしいけど」
「そんな、辞めるつもりありません!」
その言葉に心からほっとしていた。
個人的な理由、だけではなく彼女はここに必要な存在だった。
「それは良かった。ありがと。それじゃあ行っといで」
それが聞けたから、快く送り出してあげたくなった。
「え?」
「決意した顔してるから。会いに行くんだろ」
目を見張った彼女の表情がみるみる笑顔に変わっていく。
「はい。行ってきます。お疲れさまです」
「お疲れさま」
扉が閉まり、彼女が視界から消える。
30も半ばに差し掛かろうというのに、こんな学生みたいな恋愛をするなんて。
自分自身に呆れと笑いが込み上げる。
「え…」
ふと頬を伝ったものに驚きすぎて声が出た。
こんなの、何年ぶりだ。
一瞬動揺したものの、自分自身の感情がこんなにコントロールできないものだったことに笑えてくる。
「…まだ恋愛とかしたかったんだな、俺」
長らく意識しなかった甘酸っぱい単語に、たまにはそんなものも良いのかも知れないなんて、らしくないことを思った。
-fin-