能ある鷹は恋を知らない
「では私はこれで。式の日取りが決まったら教えてくれ」
そう言い残して車に乗り込んだ教授を見送り、お辞儀した頭を上げた瞬間院長に詰め寄った。
「院長どういうことですか。納得のいく説明をお願いします」
「鮎沢ちゃん、眉間に皺寄ってるよ」
「誰のせいですか。誰と誰が結婚前提の付き合いなんですか」
私の勢いをかわすように院長は駐車場へ向かって歩き出した。
「いやー、あの教授、会うたびに俺に縁談持ちかけてくるのがうっとうしくて、つい」
「つい、じゃありませんよ計画的じゃないですか」
「まあこれで変な見合い持ってこられることもなくなる。ほんとに助かったよ鮎沢ちゃん」
「もう人を振り回すのもいい加減にしてくださいよ」
「ちゃんと相応のお詫びとお礼は考えてるから」
院長は私の抗議を全く意に介さない様子で車に乗り込んだ。
ほんとに人のペースばかり乱してくれる。
何を言っても無駄な相手にこれ以上言っても労力を使うだけだ。長めのため息を吐き出して助手席のドアに手をかけた。
「19時に食事予約してるから、その前に一件付き合って」
食事まで予約済みとはなんとも用意周到だ。
まんまと計画に利用されているのが多少腹立たしかったが、しばらくして車を停められた店を目にして言葉を失った。
「さ、行くよ」
まるでコンビニにでも入る気軽さで院長がドアに向かって歩くと、手袋をしたスーツの男性がタイミングよく曇りひとつないガラス戸を引いてお辞儀した。
「いらっしゃいませ」
いや、どう見てもハイブランドの服飾店なんですけど。
当然入ったこともなければ百貨店以外でこのブランドのショップを見たこともなく、場違い感がありすぎて冷や汗まで出てくる。
立ち止まったまま入口を見つめているとドアを支える男性と目が合ってしまい、いつまでもドアを開けさせているのが申し訳なくなって仕方なく中へ入った。
床には落ち着いたダークブラウンの絨毯が敷き詰められ、壁沿いにモノトーンを基調とした服がトップスからワンピースまで広く間を取りながら等間隔にハンギングされている。
フロアの中央には普通の洋服店ではまず見ないソファとテーブルが何組か置かれており、そこの一つに院長が長い脚を組んで座っていた。
悔しいがダークグレイのスーツを着こなす院長と高そうなソファは絵になる光景だった。
「『グラン・シャリオ』のドレスコードに合わせて彼女に服と髪をよろしく」
遅れて店の中に入った私を一瞥して、奥のソファに腰かけた院長が側に控えていた女性に告げる。
「かしこまりました」
丁寧にお辞儀をすると黒スーツの綺麗な女性は私の方へ向かってくる。
「ではお嬢様、参りましょうか」
「え、どこに」
「鮎沢ちゃん、無駄な抵抗しないで彼女たちに任せてねー」
ハイブランドのおもてなしで用意されたティーカップを持ち上げながら院長の顔は楽しそうな笑みを浮かべていた。明らかに面白がっている。
にっこり笑った女性に促され、なすがままに店の奥へと案内される。
あまりに知らない世界過ぎてどうすることもできない。
奥のスペースにもまた女性が居て、さっそく用意されたいくつもの服をあてがわれては二人で相談しあい、試着を繰り返させられる。
自信があるでもない身体に下着姿であれこれされるのは居たたまれなかったが、段々と着せ替え人形にでもなったように思えてきて、嬉々として仕事に勤しむ女性たちに身を任せた。
そう言い残して車に乗り込んだ教授を見送り、お辞儀した頭を上げた瞬間院長に詰め寄った。
「院長どういうことですか。納得のいく説明をお願いします」
「鮎沢ちゃん、眉間に皺寄ってるよ」
「誰のせいですか。誰と誰が結婚前提の付き合いなんですか」
私の勢いをかわすように院長は駐車場へ向かって歩き出した。
「いやー、あの教授、会うたびに俺に縁談持ちかけてくるのがうっとうしくて、つい」
「つい、じゃありませんよ計画的じゃないですか」
「まあこれで変な見合い持ってこられることもなくなる。ほんとに助かったよ鮎沢ちゃん」
「もう人を振り回すのもいい加減にしてくださいよ」
「ちゃんと相応のお詫びとお礼は考えてるから」
院長は私の抗議を全く意に介さない様子で車に乗り込んだ。
ほんとに人のペースばかり乱してくれる。
何を言っても無駄な相手にこれ以上言っても労力を使うだけだ。長めのため息を吐き出して助手席のドアに手をかけた。
「19時に食事予約してるから、その前に一件付き合って」
食事まで予約済みとはなんとも用意周到だ。
まんまと計画に利用されているのが多少腹立たしかったが、しばらくして車を停められた店を目にして言葉を失った。
「さ、行くよ」
まるでコンビニにでも入る気軽さで院長がドアに向かって歩くと、手袋をしたスーツの男性がタイミングよく曇りひとつないガラス戸を引いてお辞儀した。
「いらっしゃいませ」
いや、どう見てもハイブランドの服飾店なんですけど。
当然入ったこともなければ百貨店以外でこのブランドのショップを見たこともなく、場違い感がありすぎて冷や汗まで出てくる。
立ち止まったまま入口を見つめているとドアを支える男性と目が合ってしまい、いつまでもドアを開けさせているのが申し訳なくなって仕方なく中へ入った。
床には落ち着いたダークブラウンの絨毯が敷き詰められ、壁沿いにモノトーンを基調とした服がトップスからワンピースまで広く間を取りながら等間隔にハンギングされている。
フロアの中央には普通の洋服店ではまず見ないソファとテーブルが何組か置かれており、そこの一つに院長が長い脚を組んで座っていた。
悔しいがダークグレイのスーツを着こなす院長と高そうなソファは絵になる光景だった。
「『グラン・シャリオ』のドレスコードに合わせて彼女に服と髪をよろしく」
遅れて店の中に入った私を一瞥して、奥のソファに腰かけた院長が側に控えていた女性に告げる。
「かしこまりました」
丁寧にお辞儀をすると黒スーツの綺麗な女性は私の方へ向かってくる。
「ではお嬢様、参りましょうか」
「え、どこに」
「鮎沢ちゃん、無駄な抵抗しないで彼女たちに任せてねー」
ハイブランドのおもてなしで用意されたティーカップを持ち上げながら院長の顔は楽しそうな笑みを浮かべていた。明らかに面白がっている。
にっこり笑った女性に促され、なすがままに店の奥へと案内される。
あまりに知らない世界過ぎてどうすることもできない。
奥のスペースにもまた女性が居て、さっそく用意されたいくつもの服をあてがわれては二人で相談しあい、試着を繰り返させられる。
自信があるでもない身体に下着姿であれこれされるのは居たたまれなかったが、段々と着せ替え人形にでもなったように思えてきて、嬉々として仕事に勤しむ女性たちに身を任せた。