優しい魔法の使い方
第七話 【過去を知る友人】
トッドの過去を知る友人が依頼人です。
ここからトッドの過去に触れていきたいと思っています。
早いですが物語の中盤に突入していきます。
秋の風が少し肌寒くなってきた頃のある日。
「トッド、トッド!」
慌ただしくシーナが工房を訪れる。
「どうかしましたか?」
トッドはいたって落ち着いた様子で応対する。
「あの!色々あったんですけど、何から話そう・・えっと。、
買い物帰り、家の前に、1人の女性がいたんです。
お客様ですか?って聞いたら、何も言わずに帰って行っちゃいました。」
「はて、誰だったんでしょうね」
「あと!これが大事な話!トッドの友人とおっしゃられて訪ねてこられた方が・・いるんですけど・・でもぉ~・・」
「でも?」
トッドは作業の手をとめる。
「なんといいますか、あの・・その人・・髪は真っ青、服はダボダボ、大きなサングラスにピアスなんて両耳合わせて8つも!
ジェットボード、でしたっけ!空飛ぶスケボーみたいな派手な乗り物でビュンって!
とにかくその・・ど派手で!」
トッドはクスクスと笑いだす。
「あんな派手で怖そうな人と・・お知り合いなんですか・・?」
シーナはもじもじしながら聞く。
「えぇ、たぶん知り合いです。
大丈夫、その派手な風貌には覚えがあります。
僕の友人です。工房まで来てもらってください。」
「えぇ!?……はい」
シーナは戸惑いながらも、派手な青年を工房へ通した。
「よぉートッド久しぶり!元気だったか」
「帰ってきてたんですね、ギルバート」
「あぁ、2日前に。半年ぶりの帰省だ。」
ギルバートと呼ばれる青年はズカズカと工房へ入ると長机から椅子を引っ張りだしドシンと座る。
「あ、なぁトッド。今日はあの綺麗な姉さんいねーの?名前が…エリィ?」
「エリィじゃなくて、リリィさん!あの人はアシスタントではありませんから。
今アシスタントしてくれてるのがこちらの、シーナ」
ギルバートは工房の玄関で待ちぼうけのシーナに目を向ける。
「なんだ、ちんちくりんじゃねえの」
「なっ、失礼ですよ!?」
シーナは顔を真っ赤にして怒りだす。
「がきんちょで色気もねぇーアハハハハハ」
「トっ…トッドぉ……」
シーナは涙ぐむ。
「ギルバート、言いすぎです…」
「あぁ悪い悪い。」
シーナはトッドの元に駆け寄り、裾を引く。
「トッド、何者なんですか!?こんな派手で失礼な人がトッドの友達だなんて思えません!」
「なんだと?」
シーナはトッドの後ろに隠れる。
「シーナ、確かにギルバートは少し口が悪いですが…。彼は、有名な探検隊の一員で立派な歴史学者なんですよ」
「学者!?」
トッドの後ろから顔だけ出しておそるおそるギルバートを覗く。
ギルバートは照れ臭そうに頭をガシガシと掻く。
「一応な…。マーズ・クリーク探検隊っていうところで、海底とか、大陸とか回って失われた文明の痕跡調べてんだ。
そしたら、人が住むには不可能な場所に、王国が存在して…確かに文明のあった痕跡が残ってたりするんだよ。
俺は、その失われた文明を生きていた人類の為に、生きてたって痕跡を残してあげるために、探検隊に入って研究してんだよ」
「へぇ…」
シーナは真剣な表情で語るギルバートに、いつの間にか目を奪われていた。
「まだまだ解明されてない事はたくさんある。空白の歴史を俺は追求し続けていきたいんだよ。分かるかちんちくりん」
「ちょっ…そのちんちくりんて呼び方やめてください!」
「あー悪かった、うちの探検隊…女がいねーから扱い方分かんねぇんだよ。」
シーナは腑に落ちないながらも、それ以上文句は言わなかった。
「シーナ、家でお茶の準備をしてきてもらえませんか?」
「あ、はい!」
シーナはお茶の準備をしに工房を出ていった。
シーナが出ていったのを見計らったかのようにギルバートの表情は曇る。
トッドはデスクに向かい、作業の仕上げを続けていた。
「何も聞かないのな…いっつも」
「僕は、あなたを友人としていつも招いてるつもりです。ここにお茶だけ飲みに来たって構わないと思っていますから」
トッドは柔らかな笑みを見せ、椅子ごとギルバートの方に向き直る。
「友達だよ。土産話だってたくさんある、お前に聞かせたい話もな…でも悪い、今日は…客として来た。」
「そうですか。いいですよ、僕で力になれるなら、お受けしましょう」
その後シーナがお盆に3人分のお茶を用意し、3人は長椅子に着席した。
「これなんだけど…」
ギルバートが取り出したのは、透明の小袋で保護された1センチほどの紙切れだった。紙は少々黄ばみがあり、古さが伺えた。
「何ですか?これ」
「こんな小さな紙切れだけど…元は写真だったんだ。擦り切れて破けてさ…残ったのはこれだけになっちまった。」
「写真…ですか。」
「トッド、この写真…復元出来ないか?」
「………」
トッドは写真の切れ端の入った小袋を手にとった。
「えぇ、この写真を、ギルバートの記憶から復元する事が出来ます。」
「やった!記憶なら任せろ。完璧に覚えてるから…頼む、俺には時間がないんだ」
ギルバートは苦しそうな表情で訴える。
「時間…?」
「実はな…俺の目、もうすぐ見えなくなるんだ。」
「え…」
トッドとシーナは思わず動揺する。
「変な病気、貰っちまったみたいなんだ…。薬と…このサングラスで強い光から目を守ることで
進行を遅らすことは出来るけど…もう治らないみたいでさ…。
いつか光を無くす前に…この写真をしっかり、目に焼き付けておきたいんだ。」
「いつから?」
「ん?たしか…4ヶ月ほど前だったかな。そんな深刻な顔すんなって。
まだ視力も落ちてねぇし、いつ見えなくなるかは分かんねぇんだからさ。」
「…シーナ、少しの間、席を外してもらえませんか」
「はい」
シーナは冷静にトッドの指示に従い、席を立ち工房を出る。
工房にはトッドとギルバートの2人、しばらく静寂が工房を包む。
「進行は…早いんですか?」
「分からない…いきなり見えなくなる可能性もあるんだと。参ったよ…」
「探検隊は」
「失明したら…辞めるつもりだよ。自分の目で証明出来なくなるなら、あそこにいる意味はないよ」
「……だけど、そしたらギルバートこの先」
「ま、の~んびり実家の農家でも継ごうかね。」
「………」
トッドは俯き黙り込んでしまった。
そして顔をぐっと上げるとトッドはダムが決壊したように喋りだした。
「誰か…治せる医者は?僕の知人に有能な医者がいます、それに医者の知り合いならたくさんいます。
何か治せる方法、僕も探してみます。病名は?もし知られてる病気だとしたらきっと何か」
「もういいって、トッド。」
ギルバートは指を突き出し制止させる。
「…ギルバート、貴方は僕の大切な友人です。あの時…友達が一人もいなかった
僕の唯一の友達になってくれた。あの恩を僕は何も返せていないんです。」
「んな事言うなよ。恩を売りたくて俺はトッドと友達になったわけじゃないぜ?
とにかく、写真。直してくれたらそれで十分だよ。頼むな」
「……1時間したら、また来て下さい」
「ん~、1時間じゃ船止めてあるトコの宿まで帰れないな。家で待たせてくれよ」
「えぇ、構いませんよ?今回は準備は一人で事足りますし。シーナにお茶を用意するよう頼みますね。家で待っててください」
「助かる!」
トッドを工房に残し、ギルバートとシーナはトッドの家の方でお茶をしながら1時間過ごすことになった。
「なぁ、ちんちくりん」
「・・・・・」
「んな怖い顔すんなってシーナちゃん」
「なんですか?」
シーナはぶすっとした表情で紅茶の砂糖をティースプーンでグルグルかき混ぜる。
「同居してんだろ?トッドのこと、どこまでもう聞いたんだ?」
「・・・なんにも、知りません」
シーナの顔が先ほどに増して険しくなる。
「そっかぁ。ほんとに心閉ざしちゃったんだなあいつ・・昔は可愛らしかったんだぜ?まぁ、多少は人見知りだったけど」
シーナはティースプーンを動かす手をとめる。
「知ってるんですか?昔のトッド」
「まぁ、少しの間だけどな。俺もすぐ探検隊入ってアイツと離れたから」
「どんな人だったんですか?」
「ん?可愛かったぜ・・あれは、アイツがまだ7~8歳だったけな。俺が10歳」
「ほぼ10年前じゃないですか!」
シーナは目を輝かせる。
「アイツ、箱入り息子だったんだよ。通ってた学園でもバリバリの職人魔法士特待生。エリート街道まっしぐらの天才だったんだ。」
「え・・・?」
「だから職人だよ、あいつ元職人魔法士なんだぜ?」
「・・・・・トッドが、元職人魔法士・・」
シーナは神妙な顔つきで俯いた。
「あ・・、言っちゃまずかったかな」
シーナは首を振る。
「いいえ?続けて」
シーナはにこりと微笑む。
「ん~、詳しいことは俺も話せないんだけど。とにかく才能に満ち溢れて国中から期待の星だって言われて。
そのせいで・・友達が出来なかったんだよ。妬まれたり、敬遠されたり。
学校に通ったって言ったって、特別個別クラスとかいって部屋に独りきり、孤独なもんだよ。」
「そんな、エリートなトッドと、どうやって知り合いに?」
「ん?それはな、アイツの個別クラス、元々使われてない学園の書庫だったんだよ。
生徒でも何でもない俺は、窓からそこに侵入しては本読んで歴史の勉強してたわけ。
だって誰も来ねぇし、セキュリティも甘かったからさ。そしたら来たんよ、小せぇトッドが」
ギルバートはシシシッと笑う。
「それが出会いなんですね!」
「詳しくはアイツから聞きな。
とにかくその書庫であいつは職人の勉強、俺は隠れて歴史の勉強。
先生の目を盗んではたっくさん話したり、抜けだして外に遊びに行ったり。
仲良かったんだぜ?俺たち」
「へぇ~」
しばらく昔話に花を咲かせていると、準備が出来たとトッドが迎えに来た。
工房に行くまでの間、シーナはトッドの顔を見つめていた。
「・・・・・・・・・・」
「シーナ、どうかしました?僕の顔、何か付いてます?」
「いっ、いいえ?何でもありません」
「そう、ですか」
「トッド、シーナは聞きたいことがあったって、トッドから話してくれるの・・待ってますからね!」
シーナはにこりと微笑むと、工房まで先に駆けていく。
「ギルバート・・なんか余計なこと喋っちゃったみたいですね・・まったく」
トッドは深くため息をついて、重い足取りで工房へ向かった。