【エッセイ】『願はくは花のもとにて』
蝶眠の由来
こないだ「蝶眠って名前は春みたいですね」という印象的な感想をいただきまして。
そういやブログでは書いてありますけど、ここじゃ由来書いてなかったなと。
なので今回はその話題。
うちがよくいじめられてた中学時代、
「知識を武器にしよう」
と思い立って片っ端から本をいろいろ読み漁ったとき、中にあったのが「荘子」なんですね。
その一部に、
「荘周、胡蝶となりて栩々然として胡蝶なり」
というのがあって、眠って夢で蝶になって現実と夢の区別がつかなくなった…という話があるんですが、そこから採りました。
まあこの採用法は古来から中国とか日本で文化人がやってきたやり方を踏襲しただけなんですが、今は珍しいらしいですね。
中学時代に片っ端から本を読みまくった原点を忘れない…といやあカッコいいんでしょうけど、実際は雰囲気がいいからつけとけ、という感もなきにしもあらず。
でも何年も使ってると馴染んできますね、名前って。
何年経てば様になるのかは分かりません。
けど「蝶眠」というジャンルになるぐらいのことはしなきゃなんないんよねー。
ま、努力あるのみですわ。