【エッセイ】『願はくは花のもとにて』
ゆくゆくはこうしてほしい
うちには要望があります。
それは仮にうちが他界したとき、ベートーベンの「皇帝」、特に第二楽章を流してもらいたいということと、墓石はいらないということ。
小さな石を目印に、周りを紫苑の花で囲んでもらいたい、そのぐらいかな。
紫苑は反魂草(はんごんそう)、つまりお盆やお彼岸に魂が行き来するときの目印の花です。
桜もいいけど、染井吉野にするぐらいなら、泰山府君とか天ノ川とか茜八重みたいに、小型で場所を取らない桜がいい。
派手な葬式なんかいらないし、うちは代々本願寺やけどそこには入らない。
その程度でいいんです。
たいした人間やないんやから、それでいい。
あんまり物欲もなく、どちらかといえばずっとバイクを転がしていたくて、だから自由にいられたらいい。
きっとうちは聖衆来迎西方浄土なんて行かずに、地獄に行くでしょうから、今のうちにエンジョイして、閻魔さんに動物とかに振り分けてもらって、それでいい。
人間のオスだけは、例え札束つまれたって、なりたくない。
疲れるんですよ。
うちはあるがままに生きてあるがままに逝きたい、それだけなんですよ。
シンプルな願いって、なかなか叶わないもんですけど。
でもこういう風にしてもらえるように、裏返せば生きなきゃなんないんですよね。
生きるって、残酷ですよ。
けど向き合わなきゃなんないし、贖罪の意識を持たなきゃなんない。
時間は戻りませんからね、ああすれば良かったとかって後悔だけは、ないようにしたいものです。
後悔…
多分あるだろーなー…