パーフェクト・インパーフェクト
「……しのおか、いみ……? あ、えみり……かな」
女の子の名前だ。
誰、と思いかけて、そこで突然はっとして、もういちど万年筆を手に取った。
―― Emiri
気づいてしまえばもう、そうとしか読めない。
「なに……えみりって、誰」
一度は開封して目を通したであろう手紙、それがまた、もういちど厳重に封をされている。
この箱に鍵はかけないくせに、手紙はご丁寧に糊付けするんだね。
へんなの。
へんだよ。
こんなの、ぜったいおかしいよ。
「やだ……」
きっと見てはいけなかった。
見つけては、いけなかった。
この糊を剥がす勇気なんて、もう1ミリも残っていない。
――本気で好きになった人、いた?
――いたよ
――だれ?
――知らない人だよ
――どのくらい好きだったの?
――もう忘れたよ
――わたしと、どっちが好き?
――もう、過去のことだよ
「ねえ、その人の名前って、しのおか・えみり?」
バレンタインに交わした会話を思い出して、その続きをためしに口に出してみたら、心が壊れそうになった。
――そうだよ
彼が、いつもみたいに微笑んでそう答えるのしか、想像できなくて。
頭のなかで会話を何度くり返しても、違うとは、どうしても言ってくれなくて。