パーフェクト・インパーフェクト
じわっとにじみ出てきた涙を慌ててプルオーバーの袖口で拭いとり、万年筆と手紙と写真のすべてを箱のなかに押しこむと、もとの位置に戻した。
「ドリア、焼かないと……」
おかえり、お疲れさまって、いつもの笑顔でお出迎えするんだ。
それからぎゅっと抱きしめて、たぶん抱きつくみたいになっちゃうだろうけど、それでもぎゅっと強く抱きしめて、いま傍にわたしがいること、うまく言葉にできないとしてもちゃんと伝えたい。
たとえ本当に“えみり”が妹じゃなく、むかし、とても好きだった女性だとしても。
それでも、いま、彼の隣にいるのはわたしだ。
「――おかえりなさい!」
ドアの開く音がして玄関まですっ飛んでいくと、顔を見るなり、彼は眉を下げて笑った。
ただいま、と返ってきたことが、たまらなく特別なことに思える。
「いい匂いがする」
「ちょうどいまごはんの準備できたところなの」
「ほんと? なに作ってくれたの?」
「見てのお楽しみですっ」
秘密をのぞき見してしまったこと、
しのおか・えみりの正体、
色褪せた家族写真。
ぜんぶ押し殺してむぎゅうと抱きつくと、どうしたの、と頭を撫でられた。
「あのね、早く会いたかったよ」
「うん、俺もだよ」
「うそ」
「なんでだよ。めちゃめちゃ直帰してきたんだけど」
ちいさくお腹が揺れる。
昔の彼がどんなだろうとどうだっていい。
いま、笑って、頭を撫でて、抱きしめ返してくれる彼が、すべてだから。
わたし、大事にしまってある思い出までは欲しがらないよ。
そのかわり、“これから”を、ぜんぶわたしに欲しいなって。
そう思うことは、きっと、きっと、わがままじゃないよね。