両想いのおまじない
両思いのおまじない
断じて言う。
あたしは朋香みたいに脳みそまでお砂糖で出来ているような、ロマンチックメルヘン女子ではない。
年がら年中、勉強もせずに、一組の誰々がかっこいいとか、産休代理の先生がイケメンだとか、バレンタインデーには必ずハート型のチョコレートクッキーを焼いて「ああん、でも恥ずかしくて渡せないっ!」を地で行っちゃうような女ではない。
少女漫画に出てくるような、レースや花やハートのキラキラエフェクトたっぷりで好きな男子の横顔を見つめたり、先輩と友達の恋を応援したり、私服はスカートばっかりで一着もパンツがないような、そんな女では決してない。
あたしは、至極真面目な女子高生。
品行方正、質実剛健、えーとあとは……弱肉強食?
まあ、三つ目のは置いといて――とにかくあたしはちゃんとした女の子。
砂糖で出来た脳みそが真夏の暑さにどろどろに溶けて、冬の寒さにまた固まって、だけど一回溶けたあとだからもうこれは手の施しようがありません(意訳)! って、家まで面談に来た担任の先生に泣かれた朋香とは全然違う。
朋香ちゃんに比べてお姉さんは本当にしっかりしてますねえ、頑張ってね、だなんて、その先生は帰り際、泣き腫らした目であたしにそう言ったのだ。
それは「ああ、妹じゃなくて、このお姉さんのほうの担任をしたかった」という気持ちのこもった視線だった。
あたしは朋香なんかよりちゃんとした人間だ。勉強が出来て、恋なんかに現を抜かすことのない、立派な学生なのだ。
だから――リビングに放置されていたその本を手に取ったのは、本当に偶然だった。
『両想いになる☆おまじない』。
なぜなら、そんな安っぽいピンクのキラキラ本はあたしの興味を引くことはない。恋なんて言わずもがな、勉強だっておまじないなんてオカルトに頼るなんて馬鹿らしい。
ただ、そこに置いてあったから、
「もう、また朋香は物を置きっ放しにして。こういうところからして、あいつはちゃんとしてないんだよな」
あたしはぶつぶつ言いながら、二階の朋香の部屋に投げ込むためにその本を手に取ったのだ。
それで、階段を上がる間、なんとなくページをめくった。で、そこに書いてあったおまじないを見た。
『用意するものは鏡と、彼が触れたことのある物。彼が拾ってくれた消しゴムや、ペンがいいわ。満月の夜、鏡を覗き込み、そのアイテムを胸に抱きしめたら、愛しの彼の名前を三回呼んでみて。きっとあなたの想いは彼に届くはずよ』
もちろん、一字一句丁寧に読んだわけじゃない。
けど、あたしは本を読むのも早いし、物覚えもいいから、何というか――そうそう、ぱっと見ただけで文章が頭に入ってきてしまったのだ。
けど、読んだには読んだけど、こんなことで「あなたの想い」が「彼」に届いたら、誰も苦労はしないんじゃないの? なんて余裕をかましてた。
だって、こんなのはオカルトだ。
現実主義のあたしは、超能力の類いは信じないし、UFOはトリック写真だし、ムー大陸はそもそも存在しないって知っている。
まったく、こういうの読むくらいなら少しは教科書を読みなさいよね、あたしはため息をついてガンガンに音楽のかかっている朋香の部屋をノックした。
「朋香! ちょっと開けてよ」
大声で叫ぶが、音楽にかき消されて聞こえない。
それとも、朋香は寝ているのかもしれない。この大音響の中よく眠れると思うが、実際そうなのだから仕方がない。
まったく、耳栓して眠るあたしの気にもなってよね。もう一つため息をつくと、あたしはあの本を持ったまま、仕方なく自分の部屋に入った。
入ってすぐのところには鏡があって、あたしはその鏡を見ながら髪をとかすのが習慣だった。一応女子だし、まあ普通のことだよね。
と、ふとあたしは机の上の消しゴムを手に取った。
他意はない。いや、ホントに。ホントのホントに、なあんも考えてない感じで。いや、一瞬、今日、学校で落ちたこの消しゴムと、真柴くんが拾ってくれたなぁ、なんてことは思ったかもしれない。うん、正直思った。
でも、それは単なる事実だし、なんて言うのかな、思い出……的な?
いや、そんな大層なもんじゃないか。真柴くんは学年トップの成績だってのに、優しくてかっこよくて皆に慕われてるから、だからちょっと意識に残ってたっていう感じかな。
うん、多分そんな感じ。え、あたしの消しゴム拾ってくれたの? みたいな。いや、皆にしてることだから、全然意外ではなかったけどね。ありがとう、の声が裏返ったのは、教室が乾燥してて喉が痛かったせいだし。
で、まあ、あたしはその消しゴムを持ったまま、鏡を見た。
真柴くん、真柴くん、真柴くん――そうつぶやいたのは何だろ。ああ、多分、衣奈が十回ゲームとかいって、「ピザ」って十回言ってみてとか言ってきたからかなあ?
いや、あたしも明日、衣奈に出題する十回ゲームのお題を考えたってことだよね。で、三回言ったところで「これはないな」って見切りをつけたって言うか。
それで……あとは満月なんだけど、ちょうどその日が満月の夜だったなんて、それは本当に想定外のことだった。
そして、三回目の「真柴くん」を唱え終わったときに、鏡がぱあっと光り出して、そこから本物の真柴くんが現れたのも――腰が抜けるほど想定外の出来事だった。
あたしは朋香みたいに脳みそまでお砂糖で出来ているような、ロマンチックメルヘン女子ではない。
年がら年中、勉強もせずに、一組の誰々がかっこいいとか、産休代理の先生がイケメンだとか、バレンタインデーには必ずハート型のチョコレートクッキーを焼いて「ああん、でも恥ずかしくて渡せないっ!」を地で行っちゃうような女ではない。
少女漫画に出てくるような、レースや花やハートのキラキラエフェクトたっぷりで好きな男子の横顔を見つめたり、先輩と友達の恋を応援したり、私服はスカートばっかりで一着もパンツがないような、そんな女では決してない。
あたしは、至極真面目な女子高生。
品行方正、質実剛健、えーとあとは……弱肉強食?
まあ、三つ目のは置いといて――とにかくあたしはちゃんとした女の子。
砂糖で出来た脳みそが真夏の暑さにどろどろに溶けて、冬の寒さにまた固まって、だけど一回溶けたあとだからもうこれは手の施しようがありません(意訳)! って、家まで面談に来た担任の先生に泣かれた朋香とは全然違う。
朋香ちゃんに比べてお姉さんは本当にしっかりしてますねえ、頑張ってね、だなんて、その先生は帰り際、泣き腫らした目であたしにそう言ったのだ。
それは「ああ、妹じゃなくて、このお姉さんのほうの担任をしたかった」という気持ちのこもった視線だった。
あたしは朋香なんかよりちゃんとした人間だ。勉強が出来て、恋なんかに現を抜かすことのない、立派な学生なのだ。
だから――リビングに放置されていたその本を手に取ったのは、本当に偶然だった。
『両想いになる☆おまじない』。
なぜなら、そんな安っぽいピンクのキラキラ本はあたしの興味を引くことはない。恋なんて言わずもがな、勉強だっておまじないなんてオカルトに頼るなんて馬鹿らしい。
ただ、そこに置いてあったから、
「もう、また朋香は物を置きっ放しにして。こういうところからして、あいつはちゃんとしてないんだよな」
あたしはぶつぶつ言いながら、二階の朋香の部屋に投げ込むためにその本を手に取ったのだ。
それで、階段を上がる間、なんとなくページをめくった。で、そこに書いてあったおまじないを見た。
『用意するものは鏡と、彼が触れたことのある物。彼が拾ってくれた消しゴムや、ペンがいいわ。満月の夜、鏡を覗き込み、そのアイテムを胸に抱きしめたら、愛しの彼の名前を三回呼んでみて。きっとあなたの想いは彼に届くはずよ』
もちろん、一字一句丁寧に読んだわけじゃない。
けど、あたしは本を読むのも早いし、物覚えもいいから、何というか――そうそう、ぱっと見ただけで文章が頭に入ってきてしまったのだ。
けど、読んだには読んだけど、こんなことで「あなたの想い」が「彼」に届いたら、誰も苦労はしないんじゃないの? なんて余裕をかましてた。
だって、こんなのはオカルトだ。
現実主義のあたしは、超能力の類いは信じないし、UFOはトリック写真だし、ムー大陸はそもそも存在しないって知っている。
まったく、こういうの読むくらいなら少しは教科書を読みなさいよね、あたしはため息をついてガンガンに音楽のかかっている朋香の部屋をノックした。
「朋香! ちょっと開けてよ」
大声で叫ぶが、音楽にかき消されて聞こえない。
それとも、朋香は寝ているのかもしれない。この大音響の中よく眠れると思うが、実際そうなのだから仕方がない。
まったく、耳栓して眠るあたしの気にもなってよね。もう一つため息をつくと、あたしはあの本を持ったまま、仕方なく自分の部屋に入った。
入ってすぐのところには鏡があって、あたしはその鏡を見ながら髪をとかすのが習慣だった。一応女子だし、まあ普通のことだよね。
と、ふとあたしは机の上の消しゴムを手に取った。
他意はない。いや、ホントに。ホントのホントに、なあんも考えてない感じで。いや、一瞬、今日、学校で落ちたこの消しゴムと、真柴くんが拾ってくれたなぁ、なんてことは思ったかもしれない。うん、正直思った。
でも、それは単なる事実だし、なんて言うのかな、思い出……的な?
いや、そんな大層なもんじゃないか。真柴くんは学年トップの成績だってのに、優しくてかっこよくて皆に慕われてるから、だからちょっと意識に残ってたっていう感じかな。
うん、多分そんな感じ。え、あたしの消しゴム拾ってくれたの? みたいな。いや、皆にしてることだから、全然意外ではなかったけどね。ありがとう、の声が裏返ったのは、教室が乾燥してて喉が痛かったせいだし。
で、まあ、あたしはその消しゴムを持ったまま、鏡を見た。
真柴くん、真柴くん、真柴くん――そうつぶやいたのは何だろ。ああ、多分、衣奈が十回ゲームとかいって、「ピザ」って十回言ってみてとか言ってきたからかなあ?
いや、あたしも明日、衣奈に出題する十回ゲームのお題を考えたってことだよね。で、三回言ったところで「これはないな」って見切りをつけたって言うか。
それで……あとは満月なんだけど、ちょうどその日が満月の夜だったなんて、それは本当に想定外のことだった。
そして、三回目の「真柴くん」を唱え終わったときに、鏡がぱあっと光り出して、そこから本物の真柴くんが現れたのも――腰が抜けるほど想定外の出来事だった。
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