冷徹副社長と甘やかし同棲生活

 どうしてまずリビングに来てしまったのだろう。まず部屋に入って、心を静めればよかった。今からでもそうすればいいのに、足が動かない。


「そうか、お前は……俺のために泣いてくれているんだな?」

 ふわっと、身体中に温もりが伝わる。いつも使っている柔軟剤の香りで、椿さんに抱きしめられているのだと気がつく。


「ありがとう」

 頭を優しく撫でられて、胸がいっぱいになった。
 椿さんを好きという気持ちがあふれて、涙に変わる。


「俺はどう思われたっていいんだ。だからもう、泣かないでくれ。涙がもったいないだろ?」


 優しく、子供をあやすような話し方が、嬉しくて。逞しい胸板に顔をうずめて、背中に手を回した。

 いまだけは、きつく抱きしめさせてください。椿さんの体温を、感じさせてください。
 心の中で、そう何度も呟いていた。


 
< 205 / 321 >

この作品をシェア

pagetop