Sの陥落、Mの発症
「中條、外回り?」
エレベーターの前でランチ候補を考えて待っていると後ろから声がかかった。
「あ、樫岡くん。じゃなかった、樫岡企画販売部長ね」
「この間の仕返しか。これから昼?」
「そうよ」
「もしかして、ファッションショー見ていく?」
「よく分かったわね」
「俺もその予定で動いてるから。昼、ご一緒しても?」
「うん」
ちょうどエレベーターが到着する。
中には誰も乗っておらず、樫岡くんが先に乗り込んでドアを押さえながらボタンの前に立ってくれた。
こういうところは相変わらず紳士だ。
「ありがとう」
「いや」
エレベーターの中に乗り込み、樫岡くんと並んで1階に降りるのを待っているとふと自分の足元に視線がいった。
「あ、擦ってる」
パンプスの先が擦れているのを見つけてとっさにしゃがみこんだ。
触ってみるとそんなにひどくはないらしく、すぐ修理できそうだと安心して立ち上がる。
「中條」
「なに?」
呼ばれて樫岡くんを振り返ると、口元に笑みを浮かべて私を見ていた。
何か嫌な予感がする。
その予感は的中で、樫岡くんは自分の首に手を当て、顔を近付けて囁くように言った。
「首、跡ついてる」
「っ!!」
反射的に首を隠すように手を当て、同時に樫岡くんから遠ざかった。
その動き方がまずかったらしく、バランスを崩して倒れかける。
「中條っ」
とっさに樫岡くんの腕が伸びて抱きしめられる形で引き寄せられた。
心臓がばくばくと音を立てているのを感じる。
「びっくりした」
「ご、ごめん…」
耳元でため息と共に囁かれると別の意味で心臓が跳ねた。
「いや、驚かせるつもりはなかったんだけど。怪我ない?」
「大丈夫、ありがとう」
腕の中から離れて立ち上がる。
「随分と主張の激しい男だな、彼氏」
「か、彼氏じゃ…っ」
そこまで言って後悔する。
首にキスマークをつけるような相手が彼氏でもないって自ら遊んでますって言ってるようなものじゃない。
「へぇー…」
「…っ」
やっぱり変に思われてる。
ああもう、私のバカ。
居たたまれない気持ちで俯く私に、樫岡くんが覗き込むように距離を縮める。
「特定の相手じゃないなら、今度は俺とどう?」
「なっ、何言ってるの樫岡くん!」
「いや、中條って恋人以外とそういうことしないタイプだと思ってたから誘わなかったけど。…ずっと寝てみたいとは思ってたから」
その瞳がいつもの冗談を言い合う色とは別の、妖艶な雰囲気を感じて言葉が詰まった。
寝てみたいとか、よくそんなこと言えるわね。
そう言い返したいのに言葉が出てこない。
頬が紅潮していくのが分かる。
狭い箱が沈黙に包まれたその時、目的階の到着を知らせる音が鳴り響いた。
扉が開いた瞬間、逃げ出すよう足早に外へ出て行った。
エレベーターの前でランチ候補を考えて待っていると後ろから声がかかった。
「あ、樫岡くん。じゃなかった、樫岡企画販売部長ね」
「この間の仕返しか。これから昼?」
「そうよ」
「もしかして、ファッションショー見ていく?」
「よく分かったわね」
「俺もその予定で動いてるから。昼、ご一緒しても?」
「うん」
ちょうどエレベーターが到着する。
中には誰も乗っておらず、樫岡くんが先に乗り込んでドアを押さえながらボタンの前に立ってくれた。
こういうところは相変わらず紳士だ。
「ありがとう」
「いや」
エレベーターの中に乗り込み、樫岡くんと並んで1階に降りるのを待っているとふと自分の足元に視線がいった。
「あ、擦ってる」
パンプスの先が擦れているのを見つけてとっさにしゃがみこんだ。
触ってみるとそんなにひどくはないらしく、すぐ修理できそうだと安心して立ち上がる。
「中條」
「なに?」
呼ばれて樫岡くんを振り返ると、口元に笑みを浮かべて私を見ていた。
何か嫌な予感がする。
その予感は的中で、樫岡くんは自分の首に手を当て、顔を近付けて囁くように言った。
「首、跡ついてる」
「っ!!」
反射的に首を隠すように手を当て、同時に樫岡くんから遠ざかった。
その動き方がまずかったらしく、バランスを崩して倒れかける。
「中條っ」
とっさに樫岡くんの腕が伸びて抱きしめられる形で引き寄せられた。
心臓がばくばくと音を立てているのを感じる。
「びっくりした」
「ご、ごめん…」
耳元でため息と共に囁かれると別の意味で心臓が跳ねた。
「いや、驚かせるつもりはなかったんだけど。怪我ない?」
「大丈夫、ありがとう」
腕の中から離れて立ち上がる。
「随分と主張の激しい男だな、彼氏」
「か、彼氏じゃ…っ」
そこまで言って後悔する。
首にキスマークをつけるような相手が彼氏でもないって自ら遊んでますって言ってるようなものじゃない。
「へぇー…」
「…っ」
やっぱり変に思われてる。
ああもう、私のバカ。
居たたまれない気持ちで俯く私に、樫岡くんが覗き込むように距離を縮める。
「特定の相手じゃないなら、今度は俺とどう?」
「なっ、何言ってるの樫岡くん!」
「いや、中條って恋人以外とそういうことしないタイプだと思ってたから誘わなかったけど。…ずっと寝てみたいとは思ってたから」
その瞳がいつもの冗談を言い合う色とは別の、妖艶な雰囲気を感じて言葉が詰まった。
寝てみたいとか、よくそんなこと言えるわね。
そう言い返したいのに言葉が出てこない。
頬が紅潮していくのが分かる。
狭い箱が沈黙に包まれたその時、目的階の到着を知らせる音が鳴り響いた。
扉が開いた瞬間、逃げ出すよう足早に外へ出て行った。