Sの陥落、Mの発症
振り返るのが怖い。
でも振り返ってしまう。
「中條課長、いらしてたんですか」
そこには逆に恐怖を感じる爽やかな笑顔の佐野くんと、いかにも体育会系といった色黒の男性が立っていた。
彼は確かこの百貨店の担当セールスだったはず。
名前も知ってはいるが隣の佐野くんのプレッシャーに意識が散漫して思い出せない。
「樫岡部長、お久しぶりです。早速来てくれたんですか」
「ああ、海堂、久しぶりだな。お前ももう拠点のセールスか。荷が重いんじゃないのか」
「止めてください、部長ー。ほんとにプレッシャーすごいんですって」
「樫岡部長、初めまして、営業二課に配属された佐野です」
タイミングを読んで佐野くんが樫岡くんと向き合った。
「佐野…ああ、商品管理課にいた。名前だけは聞いてるよ。優秀なやつだって」
「いえそんな」
「てことは、中條の下に付いてんだな」
存在感を限りなく薄くして会話に加わらないようにしていた私に無情にも話の矛先が向いた。
「ええ、そうなの…」
「中條、数字にうるさいだろ」
「樫岡くん」
「そうですね、中條課長はきっちりされていて、確かに数字にも細かいですがビジョンが明確な分仕事がしやすいです」
にっこり笑顔が私にも向けられるがどうしても素直に受けとれず、背中に冷や汗を感じた。
「うん、よく中條のこと見てるな。今日は勉強兼ねて?」
「はい。あと海堂は同期なので一課のエースセールスがどんなものかと偵察に」
「止めろよ。あ、樫岡部長、先方のマネージャーと顔合わせのお時間ありますか?」
「ああ、大丈夫だ。中條まだいる?」
「え、そうね…もうすぐ出るつもりだけど」
「時間なら行ってくれ」
「分かった」
そう言って樫岡くんと海堂くんは去っていった。
残されたのは。
「中條課長、どうしてここに?」
その笑顔がもう笑顔に見えない。
一歩近寄られるだけでどきどきして、それが何に対してなのかも分からない。
「そ、それは私が聞きた…」
「今俺が質問してます」
佐野くんの表情は笑っていながらも、その口調は有無を言わせない言い方だった。
「…各店舗の視察のついでに、気になって」
「樫岡部長と」
「そ、それはたまたま」
「そうですか」
「佐野くんこそ…どうして」
「商談まで時間があったからです…課長、ちょっとこっち来てもらえますか」
そう言いながら腕を引く佐野くんはもはや答えを聞くつもりなどないらしい。
店頭で騒ぐわけにも行かず、素直に付いていくしかなかった。
でも振り返ってしまう。
「中條課長、いらしてたんですか」
そこには逆に恐怖を感じる爽やかな笑顔の佐野くんと、いかにも体育会系といった色黒の男性が立っていた。
彼は確かこの百貨店の担当セールスだったはず。
名前も知ってはいるが隣の佐野くんのプレッシャーに意識が散漫して思い出せない。
「樫岡部長、お久しぶりです。早速来てくれたんですか」
「ああ、海堂、久しぶりだな。お前ももう拠点のセールスか。荷が重いんじゃないのか」
「止めてください、部長ー。ほんとにプレッシャーすごいんですって」
「樫岡部長、初めまして、営業二課に配属された佐野です」
タイミングを読んで佐野くんが樫岡くんと向き合った。
「佐野…ああ、商品管理課にいた。名前だけは聞いてるよ。優秀なやつだって」
「いえそんな」
「てことは、中條の下に付いてんだな」
存在感を限りなく薄くして会話に加わらないようにしていた私に無情にも話の矛先が向いた。
「ええ、そうなの…」
「中條、数字にうるさいだろ」
「樫岡くん」
「そうですね、中條課長はきっちりされていて、確かに数字にも細かいですがビジョンが明確な分仕事がしやすいです」
にっこり笑顔が私にも向けられるがどうしても素直に受けとれず、背中に冷や汗を感じた。
「うん、よく中條のこと見てるな。今日は勉強兼ねて?」
「はい。あと海堂は同期なので一課のエースセールスがどんなものかと偵察に」
「止めろよ。あ、樫岡部長、先方のマネージャーと顔合わせのお時間ありますか?」
「ああ、大丈夫だ。中條まだいる?」
「え、そうね…もうすぐ出るつもりだけど」
「時間なら行ってくれ」
「分かった」
そう言って樫岡くんと海堂くんは去っていった。
残されたのは。
「中條課長、どうしてここに?」
その笑顔がもう笑顔に見えない。
一歩近寄られるだけでどきどきして、それが何に対してなのかも分からない。
「そ、それは私が聞きた…」
「今俺が質問してます」
佐野くんの表情は笑っていながらも、その口調は有無を言わせない言い方だった。
「…各店舗の視察のついでに、気になって」
「樫岡部長と」
「そ、それはたまたま」
「そうですか」
「佐野くんこそ…どうして」
「商談まで時間があったからです…課長、ちょっとこっち来てもらえますか」
そう言いながら腕を引く佐野くんはもはや答えを聞くつもりなどないらしい。
店頭で騒ぐわけにも行かず、素直に付いていくしかなかった。