Sの陥落、Mの発症
なんとなく気まずい。
どう声を掛けていいか分からないままビルの外に出る。

「あ、佐野くん」
「中條課長、お疲れさまです」

ビルの外に数人の女の子が固まっていた。
「お疲れさま」と返しながらメンバーを見ると中にはこの間佐野くんと一緒に歩いていた女の子もいる。
商品管理か総務あたりだろう集まっている若い女の子たちに捕まった佐野くんを横目に歩き出した。

きっと今日の飲み会のメンバーなんだろう。
飲みに行くのは家の近くにしようと決めて駅へ向かう。

「中條課長」
「えっ」

突然腕を引かれて振り返ると好青年の仮面を外した佐野くんが眉間に皺を寄せて私を見つめていた。

「なに勝手に帰ろうとしてるんですか」
「勝手にって、私飲み会には行かないから…」

そもそも佐野くんとも何か約束をしていたわけでもない。
責められる理由がないのに不機嫌そうな彼にむっとした。

「離して」
「離しません」
「ちょっと、佐野くん…っ」

そのまま私の腕を引っ張って路肩に出ると手を挙げてタクシーを止めた。

「佐野くん、何するの」
「黙って」
「っ…」

強めの口調で言われて思わず口をつぐんだ。
どこまで自分勝手なの。

「奥入って」
「………」

有無を言わさない雰囲気に仕方なくタクシーに乗り込む。
佐野くんがドライバーに告げた方向はこの間のホテルでもなく、もちろん私の家でもない。

「佐野くん…どこに行くの」
「着けば分かります」

目線も合わせずそう言ったきり佐野くんは目を閉じて黙り込んでしまい、私もため息を吐いて窓の外に視線を遣った。

そのままタクシーはまだまだ落ち着く様子のない金曜の街中を抜けていき、しばらくすると閑静な住宅街に入った。
ちらりと佐野くんを見るもまだ目を閉じたままで何も喋らない。

タクシーに乗り込んでから20分程経ったとき、あるマンションの前に車が停まった。
起きていたのか振動で目が覚めたのか佐野くんはすぐに支払いを済ませて外へ出る。
後を追うように車外へ出ると佐野くんはそのままマンションに入っていった。

「佐野くん、ここ…」
「俺の家です」

やっぱりそうなんだ。
普段あまり見ない佐野くんのプライベートの領域に、胸がドキドキしていた。
佐野くんがオートロックを解除して中に入る。
パット見た感じ10階建てほどのマンションで、小さめのエレベーターに乗り込む。
狭い空間に沈黙が停滞し、また少し気まずい気がした。

何も言われずに付いていくのにどこか不安を感じる。
佐野くんは何を考えているんだろう。
それを聞く良い機会なんだろうか。

8階で降りて廊下を進み、角の部屋まで歩いて立ち止まる。ここが佐野くんの自宅のようだ。

「どうぞ」

鍵を開けてドアを開くと中に入るように促され、少し躊躇いながら「お邪魔します」と呟いて部屋に入った。

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