Sの陥落、Mの発症
「着きましたよ、中條課長」

どさり、と自宅ではないスプリングの効いたベッドの上に下ろされる。
ぼんやりとした頭のまま左を向くと、大き過ぎる窓の外に高層ビルの消えることのない光が煌々と辺り一帯にきらめいていた。

「ここ、どこ…」

ふと顔を戻すとベッドの脇、私を見下ろす男の顔と目が合った。
その瞬間、ぞくりとした感覚が背中を駆け上る。

その眼はまるで獰猛な獣のように熱を湛えていた。

「…っ」
「やっとこっち見ましたね」

見るに堪えなくて顔を反対向きへ逸らす。
また心臓が急に煩く鳴り出した。

「誰が顔を背けていいって言いました?」

またこの感覚だ。声に、支配されそうになる。

ぎしりという軋みとともにベッドに乗せられた手の重さで身体が傾く。
ふと顔を戻した時には彼が私の上に覆いかぶさっていた。

「や…っ」

反射的に顔を背けると今度は顎に手が掛けられて強制的に正面を向かされる。

「同じこと言わせる悪い子はさらにお仕置きが必要かな」

そう言ってシャツからするりとネクタイを抜き、彼はいとも簡単に私の両腕を頭上で縫いとめた。

「あっ、いや、解いて…っ」
「ダメです。お仕置きって言ったでしょう?」

両手首を動かすが全く解けそうな気配はない。
両腕を上げているだけでなんという心許ない感覚だろうか。
行動の制限された不自由な身体が彼の前に晒されていることにひどく焦燥感が募る。

「いや…っ見ないで…」

片手で押さえられたままじっと彼の視線が身体中を撫でるように行き来する。
シャツもスカートも身に着けているというのに羞恥に自然と脚が閉じる。

「仕方ないでしょう?課長が僕を可愛がってくれないから…」

空いた右手が左耳の裏から首筋をなぞり、鎖骨へと落ちていく。
指先の感覚にびくりと身体を震わせると彼の唇が笑みの形に弧を描いた。

「俺が可愛がってやるしかないだろ」

一段と低い声を耳元に入れられると頭が撹拌されたようにくらりと目眩がする。

「白くて綺麗な肌。こうも汚れがないと汚したくなるな」

いつの間にか第二ボタンまで外されていたシャツを広げ、滑り込むように右手が肌に触れる。

「あ…っ」

敏感になった肌は何気ない触れ方でもぴくりと反応し、生理的に漏れる声が自ら情感を高めていくのが恥ずかしくてたまらない。

「なに、もっとして欲しいって?」

それを見抜いているような彼の言葉にまた羞恥心が煽られる。
首だけを振ってかろうじて抵抗の意思を見せた。

「そんな顔して首振ったところで逆効果だってまだ分からないのか、それともわざと?」
「ひぁ…っ」

知らない間にすべてのボタンが外され、薄いブルーのキャミソールの中に意外と大きな手が滑り込む。

「あ、やぁ…っ」

素肌を撫でられる感覚にぞくりと背中が浮きそうになる。

「これだけ敏感だと楽しみがいがあるな」

間近に見る彼の瞳の中に情欲が浮かぶ。その熱に浮かされるかのように身体の火照りが増していく。

自分がこんなにいやらしいなんて気づきたくなかった。
でも、彼に逆らえないのはそれを求めているからだと気づいてしまった。

それに気づくと中途半端に嬲られるような触れ方がひどくもどかしく感じる。
するりと抜けていく手に考えるより先に言葉が出ていた。

「や、めない…で…」

言葉にした途端そのはしたなさに顔が熱くなる。

「聞こえない」
「……っ」
「もう一回言えよ」

決して丁寧とは言えないのに無理やり顔を向かされるのもも嫌じゃない。
その時あなたがどんな表情をしているか分かるから。

「やめないで…っ」


言葉は吸い込まれるように、唇は噛み付かれるように、その強引なキスに奪われた。

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