真実の愛に気づいたとき。
90分丸々ガイダンスで終わり、研究室からゾロゾロと人が出ていく。


その際、とある男女グループのやり取りが耳に入った。


「あんた、西田さんに迫られないようにしなよ〜?」


「大丈夫、俺金ねーから」


これは確実に私に聞こえるようにわざと大きな声で言っている。


笑いながら姿を消したあの男女グループは、どこかで私の売春の噂でも耳にしたのだろう。




「…」



無言で立ち上がり、私も研究室を出た。


今日の講義はゼミで終わり。


大学を出て空を見上げると、濃いグレーの雲が空一面に広がっていった。


運が悪いのか、私がこうして空を見上げる日は大抵曇り空だ。


すると、ポツンと水滴が頬を伝う。


これは決して涙ではなく、空から降ってきた雨だ。



「やば、傘持ってないや」



現在こじんまりとしたアパートで一人暮らしをしている私。


節約のため、テレビはあるが電源は落としたままのことが多く、天気予報なんて見ることもない。


雨が激しくならないうちに帰ろうと走り出す。


大学から家まで徒歩30分。


自転車なんて持っていないしバスにお金を掛けたくないから、歩いて通っている。



走り出してすぐに雨は強まってきた。


まるで私の心が泣いているかのよう。


いやいや、そんなはずはないか。



つくづく自分が可哀想だと思ってしまう。


頑固なのか、ただ性格が悪いだけなのか…自分がおかしいのかな?


周りと合わせられない私がおかしい?




…不思議な社会だ。




無心で走っていると、十字路から飛び出してきた誰かと激しく衝突した。


「いたっ」


大雨で巻いていた前髪が真っ直ぐ下がり、いつもより視界が悪くなっている状態。


謝ろうと顔を上げるも、ぶつかった相手も正面に倒れていた。



「あ、あの…」


相手は細身の男性で、スーツを着ている。


私が声を掛けたと同時に、この男性が走って来た方向から別の男性の声が聞こえた。



「おいおっさん、無銭飲食は犯罪だぞ。さっさと金払えや」



姿を現したその声の主を見上げると、不思議な感覚に陥った。


その感覚に焦り、咄嗟に胸を抑える。


黒い服を身に纏った彼は、長身で小顔、後ろ髪はすっきりしているが、前髪は少しだけ長く、ワックスで上げていて色は黒。


そして片耳だけにピアス。


雨の中ずっと追って来たのか、水に滴る髪に色気を感じる。


「ご、ごめんなさいぃ…」


ぶつかった男性は震える手でスーツの内ポケットから財布を取り出し、彼に渡した。


「チッ。最初から払って行けよな」


彼はボソッと呟き、財布の中から乱暴にお札を取り出した。


そして財布を倒れている男性の胸元にポンと落とし、来た道を戻っていこうとした。



「あ、あの!!」



何故だかわからないが、私は無意識に呼び止めていた。


名も知らぬその彼は足を止め、私の方を振り返る。


「あ?何だテメー」


鋭い眼光に一瞬怯む。


どうして声を掛けてしまったのだろう…この人、もしかしたらとんでもなくヤバい人かもしれないのに。


「あ、いえ…その…」


何も言葉が出ず、その場でオロオロしている私に彼は舌打ちをする。


「チッ」


すると彼は足早に歩み寄って来た。


殴られる…!?そう思った私は反射的に目を瞑り、構える体勢をとってしまった。


しかし、いつまで経っても身体に痛みを感じない。


ゆっくり目を開け、目の前の彼を見上げる。


じっと見下ろす彼の口が開くのを待った。



「…あんがとな」


「…え?」


お、お礼?


私何かしましたか?


「お前がこいつにぶつかったから、こいつに追いつけた。だからあんがとな」


目線を未だにぶつかったままの状態でいる男性の方に移す。


あ、そういうことね、無銭飲食って言っていたっけ。



「あ、いえ…」


「…」


あれ?私の前から動かない。


一向に離れない圧倒的な威圧感を放つ彼に一歩二歩後ずさる。


すると彼は腰を曲げ、私の顔を覗き込んできた。



「お前…心が泣いているだろ」


「えっ…」



その言葉に驚き、パッと顔を上げた。


それは、私が認めたくなかった事実だ。

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