エーレの物語
ー革命ー
「不穏だな」
騎士団の兵士である男はぼんやりと呟いた彼よりも何歳も年下の上司を見つめた。
「如何がなさいました?フォーサイス団長」
ぼんやりと窓から外を見つめる上司、エーレ・フォーサイスは先日の処刑以来、このように外を眺めることが多くなった。兵士であり、上司の世話係である男は当たり前に上司のその姿をよく見るのだ。
彼の上司は先日の裁定の際の無礼を結局は不問とされ、命を絶たれる事はなかった。世話係である兵士は別にそれは予想の範疇であったので特に驚くこともなかった。
何せ、上司のあの無礼な態度、「いつもどおり」なのである。公の場でのあの様な口調こそ初めてだったものの、上司と王の二人、若しくは世話係の三人の時、上司は敬語すらほぼつかない。先日の無礼な態度、正直に言わせてもらおう、大部マシです、と言うか自分がいない時にして欲しい、心臓に悪い、等と兵士が考えていると上司が口を開いた。考えに耽っていた兵士は慌てて意識を正面に座る上司に向ける。彼は相変わらず外を見ている。
「先日の処刑、お前はどう思った?ロイド」
ロイドと呼ばれた世話係は目を瞬かせた。
「(驚いた)」
ロイドは本気で驚いていた。敬愛する上司であるエーレ・フォーサイスは自分が興味を持ったもの以外には恐ろしく無関心である。
そして彼にとって「処刑」は「どうでもいい」ものに入る。本来はこの国で最も忌み嫌われる「怠惰」を極めた者に与えられる仕事である「処刑人」を任された時にも怒りに震えたのはロイド自身も含めた彼の部下だけで、彼は「王の命なら」とその場で了承したのだ。王が気まぐれで連れてきて、王自ら教育した彼の世話係になって7年程立つロイドは王の真意を理解している。
「(王はあの時、もし団長が嫌だと答えていたらその瞬間団長を見限っていた。殺していた。)」
必然的に王の近くにいる事になったロイドは王がエーレでさえも信用していない事も知っている。エーレがそれを知っていて王に信用されたいとこの国で最も不名誉な職を請け負ったことも理解している。
「(だからこそ…俺は王が許せない)」
話を戻すが、王に信用される為の手段でしかない職に彼がその良心を割くはずも無く、エーレは今まで処刑する罪悪感どころか処刑した事すら翌日には忘れる人間になっていたのである。
だからこそロイドは驚いた。彼が処刑したことを覚えていた!と。
長い沈黙を経てロイドはエーレに答えた。
「どう、とは?それは処刑そのものがですか?それとも処刑した人物?それとも…その後?」
因みに恐怖の処刑人であるエーレにここまで普通に話が出来るのもロイドだけである。
「後ろ二つだ。処刑そのものに反対することは無いさ。罪人は罰されなければならない。だけど、昨夜の罪人は?確かに王を不快にさせることは大罪だがそんなもの彼の栄誉に比べたら些細な事だろう?第一一度も失敗しないなどということがある訳が無い。失敗しないならば努力は要らない。俺は失敗したからこそ努力してきた。俺の失敗は即ち敗北だ。魔物から逃げ帰った事だってある。それは正しく王の、国の栄誉に泥を塗る行為だ。それでも王はお許しになった。なら何故たかが料理が一度口に合わなかった程度であの素晴らしい料理長を処刑するんだ?」
ロイドは今度こそ息を飲んだ。彼は無意識にだろうが間違いなく王の圧政に疑問を持ち始めている。
「(まぁ、遅すぎたが…。「革命」は着実に進んでいる。直ぐに火蓋は切って落とされる。)」
「罪人が最後に言った不敬極まりない言葉は本当に不敬なのか?だって彼は料理長だ。本当に王を否定するなら毒を盛ることだって出来たはずだ。毒見役はいるにはいるが、誰しもが王に不満を持っているのは俺でもわかる。なら毒味役などいないも同然。となると、料理長は王を殺したい訳ではない。ならば何故彼は王を否定した?」
相変わらず上司の目線は外を見つめていたがその美しい金色は今や揺れ動いていた。
ロイドは黙って続く言葉を待った。
「王が…間違っている?そんな事があるのか?だって王が絶対なんだったら王が正しいじゃないか…」
エーレは少なからず尊敬していた料理長を処刑した自分を信じきれないのだ。何時ものように無感動に、無関心にただ剣を振り下ろす行為では無かった。エーレはゆっくりと目を閉じた。
ロイドは取り敢えずもう一つを聞くことにした。革命はもう始まっている。騎士団の人間も、王以外の王家の人間も全て革命派なのだ。今やこの国でただ1人の王の味方であるエーレにだけは勘づかれてはならないのだ。
「団長…。」
エーレはゆっくりと目を開き、外をもう1度見ると目線をロイドに合わせた。
「正直」
ロイドは唾を飲み込んだ。ロイドだって革命派なのだ。そして世話係としてエーレと王に最も近いロイドは革命軍にとって重要な人間でありまた、こちらが寧ろ本命なのだが、『場合によってはエーレ・フォーサイスをこちら側に引き込む』つもりなのだ。生まれつき魔力高騰病という病気を持った上司は黒の民には有り得ないほどの莫大な魔力、戦闘力を有する。例えば魔力があっても使えない人間は存在する。魔力高騰病の赤子は大抵が即死だが万一生き残ってもその魔力を使いこなせず、そのまま魔力が身体に馴染まずに結局その殆どが死んでしまうのだ。
しかし、幸か不幸か、何の偶然か、この青年、驚くほどうまく魔力が身体に馴染んだのである。天性の親和性と使いこなす努力でその莫大な魔力をあろう事か余すこと無く自分のモノにしたのだ。要するに『強すぎる』のである。
「すぐにでも反乱が大なり小なり起こると思った。料理長は国民からも絶大な人気を誇っていたから。だがもう三日が経っても何も起こらない。それを王への忠誠と考える程俺は能天気じゃない。」
それに、とエーレは続ける。
ロイドは掌を握りしめた。
「この国の結界は俺が創っている。処刑の翌日から妙に「黄色の国」の民が出入りしている。黒の国は黄色の国とはあまり仲が良くない。旅行者とも考えられないだろう。可笑しいと思った俺は使い魔を黄色の国に飛ばした」
「帰ってきた使い魔曰く、黄色の国では現在粛々と戦争の準備がなされているそうだ。」
「なぁ?不穏だろう?ロイド」
真っ直ぐ見つめられたロイドはその目の冷たさに背筋が凍った。