淡恋さくら
「アイツ、姉さんと付き合う前はもっと明るくてよく笑うヤツだったから。今のアイツ見てるのきつくて……。たまたま同じ高校になれたこと嬉しかったけど、声かける勇気なくて……」
「トキヤが前みたいに戻れるかどうかは分からないけど、私に考えがあるよ」
トキヤが前みたいに西君と仲良くなり、お姉さんのことも吹っ切れる方法。
翌日、なるべく早起きして教室に行き、薄桃色の小箱を机の上に置いた。フタを開けると上品な甘い匂いがする。
通学ラッシュに揉まれたくないと言い、トキヤがクラス一早く登校してくるのは知っていた。想定通り、トキヤは1番に教室の扉を開けた。私の顔を見た瞬間、驚いたように目を見開く。
「いつも予鈴ギリギリのクセに」
「とっておきの朝ご飯持ってきた。トキヤも食べる?」
箱の中身は桜餅。
昨日、西君ちのお店で買った物だ。かつて、春になるとトキヤはこればかり買っていったと、西君が教えてくれた。
「……サクラ、お前……」
いいねその顔。スカし顔が標準のトキヤは明らかにうろたえ、片眉を引きつらせている。
小さな箱の中に6つ入った桜餅。私はそのうちのひとつをつまみ、おもむろに口元へ持っていった。一口かじると、ほのかな甘みと桜の香りが口いっぱいに広がった。
「おいし〜」
「……朝からよくそんな甘ったるい物食べれるな」
「あ、いらない? 知り合いんちで買ったんだけど、検索したらネットでも美味しいって評判だったよ」
「いらないとは言ってない」
ぶっきらぼうに言い捨て、トキヤはかっさらうように箱ごと桜餅を手にした。