その件は結婚してからでもいいでしょうか

「ごめんなさい、失礼します」
美穂子は一言断って、電話に出た。

「もしもし」
「美穂ちゃん?」

八代さんのいつもの声。原稿の進み具合をきくんだろうか。

「いまどこ?」
八代さんがたずねた。

「えっと、お店ですけど」
「どこの?」
「目黒の月光っていう」
「わかった」

ブツンと電話が切れる。

なに、これ。

美穂子は無残にも切れてしまったスマホを眺める。

「大丈夫?」
小島さんが尋ねる。

「大丈夫です。担当さんでした」
美穂子はそう言って、カバンにスマホをしまった。

話は盛り上がってると言っていいんだろうか。美穂子以外の二人は、やたらと楽しそうだ。美穂子は一人、黙々とビールを飲み続ける。

だんだんと体があったかくなってきて、視界がフラフラしてきた。

いい感じに酔っ払ってる。これなら抵抗もできないから、最後までいける。

美穂子は「はは」と自分を嘲笑った。

「この子、チャンスなの! 今夜にかかってるんだよ」
小島さんもいい感じに酔っ払ってる。いつもの数倍声がでかい。

「初めての子かあ。なんかえろ。興奮する」
ノリくんが言う。

ノリくんの言葉を耳にするたび、ぞっとするのはなんでだろう。

きっと悪い人じゃないし、きっと優しくしてくれるんだろう。慣れてるだろうし、安心していいはずだ。
なのに、こんなにも気分が落ち込んでいる。

美穂子は気持ちを紛らわせるため、ビールを最後まで飲み干した。
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