その件は結婚してからでもいいでしょうか

「経験がなくたって、漫画家になれるよ」
「うそつきー。リアルの人を見て、経験しろって言ったじゃない」
「そりゃ言ったけど、これはダメだよ。大事なもんだろ?」
「大事? そんなことありゃしません!」

美穂子は大声で叫ぶ。

「先生が抱いてくれないなら、誰としたって同じなんです!」

先生が黙る。泥酔している美穂子を見下ろした。

「なんで俺? 美穂ちゃん、男嫌いだろ?」
「嫌いですよ。 先生のことだって、大嫌いですよーだ」

自分で言ってて、悲しくなってきた。

「嫌い、大嫌い」
美穂子は顔を覆った。

やだ、泣いちゃう。

「うーっ」
涙をこらえる。

嫌い嫌い嫌い。でも好き。

「……うそ、ちがう」
美穂子は顔を隠したまま、ついポロリと口に出た。

「……なんて?」
先生は訝しげに尋ねる。

「だから、好き。男子は嫌い。でも先生は好き」
美穂子は本音を口にして、とたんに恥ずかしくなった。

「え?」
先生の声に驚きが混じる。

「でも迷惑だってわかってますから! だから『エロメン』とね、経験するんですよ!」

ふわっと体が持ち上がる。美穂子は驚いて間近にある先生の顔を見つめた。

「ああ、俺ってほんと……」
先生はそう言うと、美穂子を抱えたまま歩き出した。

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