その件は結婚してからでもいいでしょうか
先生の背中が早足に部屋を出て行く。
美穂子は身体を起こした。
胸が痛い。
寂しくて、悲しくて、どうしたらいいかわかんない。
先生はきっと、このベッドには戻ってこない。
あの瞳。
そんな気がする。
美穂子はボタンをかけると、乱れたスカートを伸ばしてベッドから降りた。
そっと部屋を出ると、先生はカーテンを半分あけて、窓の外を見ながら電話をしている。先生の影が暗い窓に映っている。
先生の裸の背中。ついさっきまで、あの背中に腕を回していたのに。
「ああ、いいよ」
気軽な応答。きっと親しい人に違いない。
「八代さんの都合に合わせる」
そう言った。
八代さんからの電話。
そうか、仕事?
でも……。
先生はなんであんなに気まずそうにしてるんだろう。窓に映る先生の眉がゆがんでいる。
「誤解だ。あの子はそんな対象じゃない」
そう言った。
ふと視線に気づいて、先生が振り返る。
目があった。
ああなんで、そんな「失敗した」って顔をしてるんだろう。あんな顔をされたら、気づいてしまう。
『あの子』って、わたしのことだ。対象外だって言ったのを聞かれて、「失敗した」って思ってる。
『好きな子じゃないと、途中で我に返ったりするんだ』
美穂子はくるりと背を向けて、自分の部屋へと駆け込んだ。真っ暗な部屋の中、フローリングの床に座り込む。
ーー先生は、わたしとだったから、我に返っちゃったんだ。
美穂子の目に涙が滲んだ。