その件は結婚してからでもいいでしょうか
夕方五時頃、部屋に戻ると先生がちょうど出かけるところだった。珍しくジャケットを羽織って、髪も整えている。
玄関先ですれ違う。
「行ってくるね。留守番よろしく」
「はい」
八代さんと会うのに、あんなにおしゃれしてる。八代さんは特別な人なんだろうか?
廊下をしばらく歩くと、先生は振り返った。
「早く帰ってくるから」
「……ゆっくりしてきてください」
美穂子はそう言って、部屋に入った。
ふうと、一つため息。
本当はすぐにでも帰ってきて欲しいっていうか、行かないで欲しい。だって小島さんが変なこというんだもん。そんなこと有り得ないって思うのに、もしかしたらって考えたら不安で仕方ない。
「たとえ八代さんのことを先生が好きじゃなかったとしても、わたしを好きになってくれるとは限らないのになあ」
美穂子はそう呟いた。
先生のいない部屋はがらんどう。考えてみればいつも先生はこの部屋にいた。
美穂子はぶるっと体を震わせる。
やだな、一人。
「先生がいない間に、原稿の下書きしちゃおうかな」
わざと口に出して言った。
電気をつけて、ソファ前のテーブルに座る。自分の画材を広げて、鉛筆で下書きを始めた。
ストーリーはだいたい決まってる。キャラも、自分でもどうかと思うけど、まるで先生にそっくりな男性キャラだ。普段は優しくて、でもベッドではちょっとS。